2010年 06月 20日 ( 1 )

羽仁もと子先生の教育理論


「よい習慣を与えること」

まず叱らずにすむようにするという事が、子供を育てるものの最初の心がけでなければならないと思います。もちろん子供を育てていく間には、どうしても叱らなくてはならない場合もありますけど、出来る限り叱らずにすむようにしなければなりません。子供がわがままを言っても叱らずに見逃しておくというではなく、わがままを言う事がないようにしむけなくてはなりません。やかましく厳重にして、わがままをいいたくてもいうことができないようにするのではなく、出来るだけわがままを言い出す必要を感じさせないようにしなければならないのです。



さて、それにはどうしたらいいと思います?


まず第一にわがままも何もない赤ん坊の時に、よい習慣及び規律を与えておく事です。

赤ん坊の時から毎日時刻をきめてお湯に入れ、お湯に入った時は清水で眼と口中を拭くというように定めてやると追々わがままな心が出てきても、早くからそれはそう言うものだと思い込んでしまっているので、むやみに嫌うというような事がありません。

こういう規律が届いていないと少しずつ大きくなると顔を洗うのが嫌だと言い出したり、あれはこうと勝手な事を言い出す事が多くなって、どうしても叱らなければならない場合がたくさん出てきます。

始終子供を叱っているという事は、親にとっても不愉快な事であり、子供の精神や身体の発育のためにもまた非常な妨げになるのですから、どうかできるだけ叱らずに育てていけるようにという事を考えなくてはなりません。

わがままも何もない赤ん坊の時代に、よい習慣および規律を与えられた子供は、そうでない子供に比べて、非常にわがままの少ないものです。



なるほど〜。


よい習慣と規律が、わがままを少なくする。
=こどもとおとなの心、両方を穏やかにするのですね。

ほんと、怒るのって精神衛生上よくないですからね。。。

さて、かといって、同じように育てたとしても、その子供の性格によって、わがままの度合いも、わがままが顔を出す場所も違うのよね〜なんて3人を見比べて、そんな気持ちもよぎったりします。


しかしそればかりではまだ充分に子供のわがままを防ぐ事が出来ません。


と、羽仁もと子先生もおっしゃいます。

子供が少し大きくなると、するべきことはもっと増えていきます。
例えば毎朝、顔を洗うという事が増えたとします。

その時にも、必ず朝起きてトイレに行ったらすぐ顔を洗う、うがいをするという習慣にします。もちろん自分ではできない幼児です。ですから大人は顔を洗う水、うがい用のお水を用意しておくというふうにしなければなりません。

ここでも、良い習慣をつけてあげること、規律正しい生活が鍵なのですね〜。


子供が自然規律を守る事が出来るようにしむけてやるのです。


本当だな〜。と身につまされる想いで読みました。

っというのは、今の我が家は、まだまだ規律を導入する余地がある。

自分が規律正しくない(だらだらしてる^^)事を棚に上げて、
子供の性格にもよるよね〜なんていう、責任転嫁な気持ちを捨てて、
「それ無理〜」と言う前に、少し試してみました。


まずLeeとKar、学校から帰ってきたらすぐ、バッグの中から自分でお弁当箱をキッチンまですぐ持ってくる事にしました。

時間を決めずに、私が洗い物をしている時に「お弁当箱だしてよ〜」と文句を言っていた時よりも...

「お家に帰ってきたら、お弁当箱を出して、それから手を洗いにいくんだよね〜」って言った時の方が、素直に聞く事がわかりました!!


そして、ついでに、新たな発見がありました!!


子供は、やらなければいけない事は、予測できるというか、心の準備をしていた方が、すんなりやってくれるのですね。(わがままが顔を出さない!)

考えてみたら、大人もそうですね。

突然、仕事を言いつけられるより、前々から言われていた方が覚悟が出来て、あきらめがつきやすいかも。


たとえば、我が家の場合、お風呂の時間は、その日の帰ってくる時間によって違います。その場合、家に帰る前から「今日は家に着いたら、すぐお風呂に入ろうね」と言い聞かせておくと、突然、私の都合で「今お風呂に入って!後になったら時間がないでしょう!」と言っていた時よりも、案外スムーズにお風呂場に来てくれることがわかりました。


宿題もしかり。


心の準備をさせるという面から見ても、よい習慣、規律が、たいせつなのだな〜と実感しました。


「習慣」の大切さを言っていた、育児本を思い出しました。

それを次回に...
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by simplicity_circle | 2010-06-20 13:18 | いろいろ思う事