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人生哲学・夫婦とは

お知らせ:2日の夜更新した後、3日の夜ところどころ書き直しました。いつものことですが、後で読み返すと、自分の表現の幼稚さを見つけて、どうしても書き直したくなってしまうのです。こんなわたくしの文章におつきあい頂ける方、本当にいつもありがとうございます。


夫婦の形にもいろいろあります。
はじめから愛のない結婚もあることでしょう。
完全に冷えきった夫婦の関係もあるでしょう。
愛はなくても情だけで繋がっている夫婦もあるでしょう。


どんな夫婦の関係も不平不満がなければ、それでいいのだと思うのです。


不平不満を言い続けるくらいなら、別れる。
別れられないのなら、不平不満を言い続けるべきではない。
という考えに、たどり着きました。
それが自分のため。相手のため。子供のため。


夫婦というのは、 親や子供のように血が繋がった関係ではありません。
他人です。血が遠いのです。


そして、血のつながった両親は、彼らの人生があって、自分より早くこの世を旅立ちます。
同じく、血のつながった子供も彼らの人生があって、自分よりずっと後にこの世を旅立ちます。


だとすると、自分がこの世の旅路をともに歩むのは、
他人であるパートナー・連れ合いなんですね。
血は遠くても、魂的には他の誰よりも自分に近い存在なのです。


パートナーとは、けして自分の幸せを約束してくれる存在ではありません。
言えることは、その時、魂の成長にとって最高・最善の相手だったということだけです。


その理由でお互いが引き寄せられ、
ちょうどつり合いがとれたので、
パートナーとなりえたのです。


だとしたら、スタートの理由はいろいろあるでしょうが、
やっぱりすべてが自分の選択の結果なのです。
できることなら、反目しあい、いばらの道を進むより、
尊敬しあい、尊重しあい、励ましあい、楽しい道を、手を取り前に進みたいものです。


その一番遠くて、近い存在を大切にすることが、
パートナーを持つ人生を選択したのなら、クリアするべき、大きな課題の一つ、
なのではないかと思うのです。




ここで、少しプライベートなことを書いてしまいます。

私の実家の両親はお見合いでの結婚ですが、父の退職と同時期に、別居が始まりました。
ちょうど私がオーストラリアに来た時期と重なります。

この10数年間、両親の関係をみながら、いろいろなことを学ばされました。
夫婦の難しさ。二人の背負っている課題。
怒り。抑圧。悲しみ。寂しさ。恨めしさ。あきらめ。責め。罪悪感。etc...
様々な苦しい思いが錯綜している二人をみていることは本当に辛いことでした。

でもね、これだけの苦い思いをそれぞれに経験した今、二人は友達になりつつあります。
一緒に住むことは無理ですけど、わかりあえることができるようになってきて、
楽しそうにふたりで電話でやり取りしているようです。
結婚生活をしていた頃よりいい関係を築きつつあります。

っというか、今まで、一方的に自分の考えを押し付けてばかりいた父が、
完全に聞き役に回って、母のご機嫌を取れるように変われたのです。
(父がんばりました。相手を尊重することを学びました!すごいです!!)

するとあれだけ頑くなになっていた母も、
私も悪かったのよ。と折れてくるのです。

魂的な見方で二人をみれば、片方だけが悪いのではなく、片方だけが正しいのでもないのです。
本当に学びのために、そんな完璧な状況が出来上がっていたと思うのです。

それをお互い、相手が悪い悪いと言っていると、何年たっても解決しないのですね。


そんなふたりの経緯をみてきて思うのです。


あなたの使う言葉次第で、
その相手はあなたを幸せにしてくれる存在にもなり、
あなたも相手を幸せにしてあげられる存在になる。





さて、私の両親のケースとは少し違うのですが...
すでに精神的な気づきもあり、相手を愛し、大切にしているつもりでも、
夫婦という関係には、落とし穴があるのだと考えさせられています。


心で、尊敬しあい、励ましあい進むことが大切だと理解しています。
そして自分の魂の成長を追い求めて、がむしゃらに走っています。
毎日ひとつひとつの問題をクリアしていくことに集中しています。


一生懸命になればなるほど、一番近い存在であるがゆえに、
安心感がある相手を、優先順位の最後にしてしまうのです。
言葉をかけることも後回し、いつしか表情を伺うことも忘れてしまうのかもしれません。


愛しているからこそ、わかりあえているという思いと、安心感が、
甘えの気持ちをおこさせて、
歩調を合わせることを忘れさせてしまうのかもしれません。


本当は一番遠くて、近い、運命共同体である存在だからこそ、
実は、何をおいても先に、心をかけてあげるべきではないかと思うのです。


敬う順位というのは、精神世界でもいろいろ言われています。


もしかして有名な人の言うことと違うかもしれません。
これは今現在の私のレベルで思う事です。
言葉でいうほど、簡単なことではないのですが。。。


まず、自分自身を認めて愛する。
そして、自分で選んだパートナーを認めて愛する。


そこがしっかりしていれば、家庭の基盤が安定するのではないかと思うのです。


そこがしっかりしていたら、自然にお互いの両親に感謝、
子供に愛情が溢れ出すのではないかと思うのです。


逆に二人の絆があやふやだと、お互いの両親に対する対応でぶつかったり、
子供にも愚痴を言ったり、八つ当たりをしたりして、
家族全体に軋轢が生じる気がするのです。




それと もうひとつ、思考パターン・行動パターンにも落とし穴があると思うのです。


愛しているからこその、押しつけ 。
これがあなたにとっていいのよという押しつけ。
相手をコントロールしようとしてしまうのです。
尊重することを忘れてしまうのです。


愛しているからこその、抑圧。
相手の意見に異議があっても、自分の中で押し殺して、気持ちを抑圧してしまうのです。
それは自分を傷つけることになってしまいます。


そして夫婦の間に問いかけられる問題はさらに難易度が上がっていきます。


はじめの頃の、二人だけの関係では、自分自身や相手自身のことに対する選択は、
それぞれの選択だからと、クールに尊重できます。

けれども夫婦とは一つのことを二人の決断で決めなければいけないことがどんどん増えていきます。
子供のこと、家族、生活、家のこと。
そして意見が違ってしまった場合、折り合いのつけ方が大切になってくると思うのです。


押しつけもいけません。我慢することもいけません。
今の私のレベルでの理解では、
相手を愛する気持ちで尊重できれば、自ずと良い答えが訪れるのではないかと、
希望的観測をこめて考えております。


これは私が本当に気をつけなければいけないことなのです。
このブログで落とし穴に落ちている私を書いてきました。
最近は片足入れた所で気がつくようになってきました。今の所ね! Touch wood!!



いつでも謙虚な気持ちでいたいものです。


こう考えると、夫婦という課題を選んだということは、究極、


お互いの歩調を合わせること。
お互いを尊重すること。
そして一緒に前に進むこと。



これだけが、唯一のクリアするべき課題なのかもしれません。


それには努力と優しさが必要不可欠


自分の人生の登場人物で、夫婦以上に歩調を合わせる必要があって、
尊重するべき問題が投げかけられる相手はいません。


そのかわり課題がクリアできると、喜びや楽しみを分かち合うことができ、
人生の難問を助け合って、解決していける、頼もしい存在になるのではないでしょうか。



そのためには・・・



いい言葉を掛け合い、言霊を使うこと。
目を見つめること。
抱きしめること。




そんなことが大事だな...っと、そんな風に思うのです。



これは日本人同士では抵抗があるかしら??その点、国際結婚は利点かもしれませんね。
(なんて、実はうちの旦那さん少し日本の男性のような所があります^^愛すべき恥ずかしがり屋さんなのです)




雅ランティエさんの「愛を「育てる」ということ」という日記がとっても印象的でした。



そしてその日記に貼付けてあった、野口嘉則 公式ブログの恋愛関係、夫婦関係、上司・部下関係をはぐくむ「行動法」とは? という日記で紹介されていた「7つの習慣」スティーヴン・R・コヴィー著より抜粋されたこの言葉に胸を打たれました。。



愛する気持ちを失ってしまった。


という男性に対する博士の言葉だそうです。


だったら、奥さんを愛すればいいんです。
そうした気持ちがないのだったら、
それは奥さんを愛するとてもよい理由になりますよ。


愛は動詞である!
愛という気持ちは、愛という行動の結果にすぎない。


だから奥さんを愛しなさい。
奥さんを愛する行動をしなさい。
奥さんに奉仕しなさい。
犠牲を払いなさい。
彼女の話を聴いてあげなさい。
感情を理解してあげなさい。
感謝を表しなさい。
奥さんを肯定しなさい。



遅すぎないですよ。


少しずつでも..


今日からでも言葉に出して、行動してみましょう!!!


そして、この言葉を、奥さんを旦那さんに入れ替えてもう一回!!


だから旦那さんを愛しなさい。
旦那さんを愛する行動をしなさい。
旦那さんに奉仕しなさい。
犠牲を払いなさい。
彼の話を聴いてあげなさい。
感情を理解してあげなさい。
感謝を表しなさい。
旦那さんを肯定しなさい。





ちなみに、うちの旦那さんの、自分を落ち着けるためのマントラ。
「Happy wife, Happy life. Happy wife, Happy life」
笑っちゃうんですけど、これ、雑貨店の母の日のためのセールのキャッチフレーズだったんです。
うまいですよね。売るためのキャッチフレーズが、意外に深くって、
私達二人の中で、ヒットしてしまったのです。そしてふたりでよくこのフレーズを使うのです。

でもWifeもあんまりわがままばっかり言っていたら、
愛想を尽かされてしまうので、WifeもHubbyにやさしくしなければね!

でも理想の妻にほど遠いわたしは...
う〜ん。。。彼のやることを監視しないように気をつけます。。。
こんなレベルなのです。。。




さて、長い長い、私のなんちゃって人生哲学シリーズ、
おつきあい頂けた方は本当にどうもありがとうございました。




次回からは何を書こうかな。。。
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by simplicity_circle | 2010-11-03 00:00 | スピリッチュアルに!
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