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現実逃避

ここ最近書いていることですが、私にとって本当にたくさんのたくさんの大きな気づきがやってきています。書くのが追いつかない程なんです。

今年、私にとって、かけがえのない出会いがもたらされたと感じています。
心がずっと深く求めていた事柄を、こんなにも充足感を持って会話できる人に、
これまで会ったことがありませんでした。
いい悪いを言っているのではないのです。
ただ世界観がとても似ている人と出会えた喜びを感じているのです。

そのお友達との会話の中での気づきから、考え方ががらっと変わっています。
とは言え、それが行動に現れるまでは、これが亀の歩みでなかなか進みません(笑)

そして、その気づきをすぐ忘れてしまわないように(笑)
ブログに書いて、自分の思考を整理して、記録しておきたいのです。 


久しぶりに、2年前の自分の「かぶとたまねぎ」を読みました。
あの頃、ノブちゃまをメインにその他のワークショップやセッションに参加することで、
自分のトラウマを知って、それがどんな風に自分の思考に影響を与えるのかということを、
認識していったんたんです。しかしノブちゃまの切り口がすごかったです!

それでもあの頃は、トラウマに気がついたはいいけど、一体全体どうしたらいいのやら。。。。
と考えあぐねていました。

でも2年経ってみると、気がつかないうちに、全然違う自分がいることに気がつきました!

あの頃のように人の顔色を伺っておどおどする自分がいなくなっているのです。
今は自分の中に判断基準を持ってしまって、他人に判断基準を置かなくなっているのです。

かなりふてぶてしいです(笑)
そして心はとてもすっきりしています。

あの頃、ノブちゃまに、あなたはここをしっかり見つめれば、あと大きいのはないわよ!
と言われほっと一安心していました。

ノブちゃますごいです!

そして今になってわかるのは、私の心の世界のお勉強はノブちゃまのおかげで、
あの時ひとつの山を越えていたんだということ。
もちろんこれからも山はやって来ることでしょう。なにしろ本当に未熟な人間ですから(笑)

でもその山が次にやってきた時に、また心のお勉強に入ればいいのであって、
現在は、いつまでも心の世界のお勉強に時間を費やすより、学んだことを糧に、
その時間を、行動や表現にあてるべきなんだと気がついたのです。

「人生とは自分が何を表現するかなんです。」

と前述のお友達から言われて、なるほど〜と思いました。

「何を語るかではないんです。何を選択して、何を行為にしているかなんです。」
「そしてその一つ一つの選択・行為・行動が、その人が人生で表現したものになるのです。」


この言葉も、私にとって、大きな気づきとなりました。


幸いにも、心のお勉強をしてきたおかげで、私にとって何が大切なのか、私は何をしたいのか、
明確に見えています。

私は心の世界をきわめてその道でお仕事をしていくようなカウンセラーやヒーラーさんになりたいわけではないのです。

私がこの人生で表現したいことは、現代文明の技術と知性を持って、人類が自然と共生して生きていくには、人間はどう考え、どう行動して、生きていけばいいのかということを模索して、それを実行にうつして生きていくことなんです。

なのに、いつまでも心のお勉強のワークショップに通ったり、ネットにかじりついたりしているのは、私の場合は、まるで試験前に机の整頓を始めて、部屋中の大掃除になって、ついには家具を移動して模様替えをしているような、現実逃避だったのです(笑)

で、私が今実際にやらなければいけないことは。。。。(もとい、やりたいことは!)

とにかく「暮らし」ですから、手作りすることです。料理、パン、石鹸、保存食、裁縫、etc.....

どれもこれも、主婦のスキルです。普通に器用な人はなんなく、ちゃっちゃか、ちゃっちゃか、簡単にできてしまうことです。

でもね、これがね、私には、本当に難しいのです!!!!
不器用で面倒くさがり屋の私には、とてもとてもとても敷居が高くて、逃げたいことなのです。

それなのに、なんで、やりたいのかしら!?
やりたくないけど... でもやりたいのです! 
どうしようもないですね。私(笑)

だから、「まずは知識の収集、お勉強」と言って、いつまでもこうやって、ネットや本にかじりついている、現実逃避をやめなければいけないのです。(もといやめたいのです!!)


これも最近の大きな気づきの一つです。


はぁ〜〜〜、きっとブログも現実逃避だな(笑)


それでも気づきを記録したい。。。。


ということで、今しばらく、のろまな亀の私は、現実逃避を続ける予定です(笑)
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by simplicity_circle | 2012-07-27 17:07 | 地上に楽園を!

confession 3

私には慈悲と慈愛がまったく足りないのです。


「奉仕の精神がない」「無償の愛のキャパシティーが小さいのです」とか同じようなことを何度か書いています。。本当に進歩がないですね。。。1mmくらい大きくなった気がしますが(笑)まだまだまだまだ器の小さい私です。小さい人と比べたらちょっぴり大きいかもしれませんが、普通に大きい人と比べたら、猫の額みたいです。

私は奉仕は、自分が喜んで出来る事しかしないのです。みる人によってはその線引きが早いと思うかもしれません。器が小さいのです。でも心の中で嫌だなと思いながら逆の行動をすることはしたくないのです。でも逆にみる人によっては、わかりやすいかもしれません。裏表がないですから。私がいいよと言ったときは本当に心からいいよなんです。楽しんでいるんです。嫌々やって陰で文句を言うことはしたくないことなんです。

でもこの私のやり方は慈悲や慈愛が足りないと思います。

マザーテレサの言葉で、「飽くことなく与え続けて下さい。しかし、残り物を与えないで下さい。痛みを感じるまでに、自分が傷つくほどに与えつくして下さい。」というのを見つけました。

私は本当に慈悲と慈愛が足りません。

それでも少しずつでも、ここまでならできるという線引きがどんどん先になることを目指しています。


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私は「弱さの情報公開」として、わざわざ自分の欠点、痛い所を書き出して、仮面を外すことを心がけています。

仮面とはペルソナで、こうみられたい自分です。でも隠している本当の自分の思いとギャップの差が大きくなればなる程、シャドーが濃くなり、無意識層でモンスター化してしまうと考えています。(これについては最近書きました。「無意識に巣くうモンスターたち」

だから隠しておきたい、自分の秘密、弱さを告白してしまうことは、そのギャップの差をなくすことになって、人は逆に強くなれると思うのです。

それはプライドといういらない物が育たないようにするためとも言えます。

この世の中からプライドというものがなくなったら、どれほどこの地球が暮らしやすい場所になるでしょうか?といつも考えるのです。

国のメンツ、偉い人のプライドが意思決定にどれほど影響を与えているでしょうか?
(拝金主義の金の亡者よりは、プライドの方がまだましかもしれないですけどね。。。)

この競争原理の世の中で、私たち大人がもった、優越感=劣等感が、どれほどの子供の心を傷つけているのでしょうか?(斎藤一人さんの『地球が天国になる話』がとても勉強になりました。 無料音声CDダウンロード

わたしはこんな思いから、プライドを捨てるように努力しているのです。

プライドを持たないようにするために、弱いダメな自分を隠すための仮面を外して、素顔になって存在の原点に戻るようにしたいのです。



さて、次にある問題は、仮面を外して、自分の弱さをみせたものの、そこから本当の自分の向上を努力しなければいけないですね。。。


これがまた、亀のあゆみで。。。


まったくもって、情けない限りの私です。


一日一歩三日で三歩、三歩歩いて二歩下がる。。。


くらいだといいな。。。。
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by simplicity_circle | 2012-06-25 23:27 | 地上に楽園を!

confession 2

私はとても押し付けがましいのです。

自分への戒めをこめて、これをUPします。同じあやまちを繰り返さない様に。。。

「伝える」ということをずっと自分なりに考えていました。とても大事な事だと思うので、自分の気づきをここに書いておきます。

どんなことであれ、相手が聞きたいと思っていないことを無理矢理に伝えたり、意見に相違がある相手に自分の考えが正しいと説得することは、押しつけなんだと思うようになりました。

押し付けると強く押し返されてきます。それはわたしのエゴがのっていたからだと気がつきました。

私はこれまで伝えることで、たくさんの人を傷つけてしまいました。自分は間違っていない!という私の感情(エゴ)がのっていたのです。自分に関係が近ければ近いほどその感情がのっていたと思います。

人に伝えるということは、当然自分が正しいと思っているから伝えるのです。相手も同じ様に思っていれば何の問題もありません。けれども相手が違う見解を持っていた場合、断定的で感情がのったいい方だったら、それは押し返されますよね。

伝えたいメッセージは質問形式にして伝えるのがいいかもしれないですね。そして建設的な意見の交換ができれば、見解の違いを埋めることができるかもしれないです。

逆にその時はっきりとした違いを認識するかもしれません。その場合は、伝えることは伝えたのですから、身を引くのが一番だと思うのです。追いかけてまで自分の意見の正当性を主張することは一番するべきことではないと今は思います。

一人一人観ている、感じている世界が全く違うということを実感しています。

物のいい方には気をつけて、意見を押しつけるべきではないという立場に立った上で、それでもわたしの性格は相手を思う気持があったら伝えたいのです。たとえ見解の相違があると知っていても、相手に嫌われることになったとしてもです。

その後はその人の選択です。その人の問題です。

同意しても、拒絶しても、もっと素晴らしい意見でわたしを負かしてもいいんです。


逆にわたしが伝えられる立場になった時を考えてみます。

相手が自分を思って伝えてくれるのがわかれば、傷つくことでも、聞きたいです。それが中傷目的であるとさすがにきついのですが、何であれその問題が目の前に現れたということは、自分が観なければいけない問題がそこにあると解釈します。

わたしはプライドというものは、不必要な物なものだと思っているので、自分に非があることがわかれば結構素直に受け取ります。納得のいかない時は、保留にします。すぐわかる時もありますし、数年後に「あ〜〜〜〜!」とわかる時もあります。何年たってもわからない事もあります。



☆プライド=優越感=特別意識≦劣等感 
他人と比べることによって生まれる感情です。だから人の評価により左右されます。
わたしが捨てたいものです。

☆自尊心
自分は自分でいいんだということを、自分で決めます。人の評価に左右されません。
これからもっともっと大きく育てたいものです。



っということで、自分の痛い所をしっかり見つめた上で、ここを忘れない様に、知った事を伝えるという事をやっていきたいのです。わたしは真剣に地上に楽園を作る事を夢見ていますから。。。



すべては意識。意識は行為。です。
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by simplicity_circle | 2012-06-06 00:00 | 地上に楽園を!

confession

わたしは無関心でいました。

去年震災が起こってから、精神的に怒濤の数ヶ月を送った気がするのですが、
それと同時に、それまでの暮らしと何一つ変わらないかのように流れていく社会の風潮に、どうしようもない違和感を感じていました。

でも決定的な打開策も打ち出されない中、そこにある危険性を語る事は、
傷つけるだけで、思いやりに欠けている事だと思えてきました。
それは恐怖を煽るだけで人々を傷つける事だという社会的な反発を感じたからです。

所詮自分は海外にいて放射能汚染から離れた所に暮らしているのです。
沈黙してしまいました。
そして目を伏せてしまいました。

わたしは震災前から原発に反対していましたので、この震災をきっかけに、
日本は目覚めて、イノベーションの国として、また精神的リーダーとして、
世界を引っ張って行く存在になると、震災直後、心から信じていました。
「日本の皆さんにエールを送ります!」 「ワールドシフト」

その後わたしの希望的予想とは正反対の方向に進んで行く社会に、言葉を失い、
わたし自身の理想主義を嘲笑する気分になっていました。

その後は精神世界からのメッセージに未来への希望を見いだして、
幸せな気持に満ちたりて、ワクワクしていれば、未来はよくなる。
自分が幸せな波動を保っていればおのずと世界が変わる。
他人を変えるなんておこがましい事を考えてはいけない。
まずは望む世界に自分が変わる。
大丈夫と信じていれば大丈夫。
ネガティブな思いはネガティブを引き寄せる。
そう信じる事にして、問題から目を背けてしまいました。


でも今、それは間違っていたと感じる自分がいます。


それはとても刹那的で利己的な、意識・行為だったんです。


愛と奉仕を貫いたマザーテレサのような方は、
無関心で、刹那的で、利己的であれとはいいませんでした。


わたしの中でガラガラと崩れ落ちる物がありました。

気づかせてくれた大切なお友達に、感謝します。。。


タイムリーなメッセージが、FBのお友達のページに! 
こちらでもシェアさせてもらいます。
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by simplicity_circle | 2012-06-04 00:00 | 地上に楽園を!

自己を内観する

この数ヶ月間、ただひたすら、自己の内観を続けています。

Steve Jobs氏のスピーチを聞いて、「私は全く今を生きていな。。。」と強く感じ、

そんな自分のために記事をUPしました

けれども、2ヶ月たった今、

まだ今を生きていません。今日が最後だと思って、毎日を丁寧に生きていません。

まだ「明日やればいいか。。。」っと、

やり残していることがたくさんあると感じます。


子供のこと、旦那のこと、母親のこと、友達のこと、

次から次へと色んな感情が湧き出てきています。


そして、久しぶりにこの言葉をかみしめています。





「Tomorrow Never Comes」 ノーマ コーネット マレック・作 / 佐川睦・訳


この言葉を最初に読んだときも、

そうだよね。。。そうだよね。。。と泣いて頷いていたくせして、

やっぱり、今日で終わったら、悔いの残る人生を生きています。



だって、私はとても高慢な人間です。

人のためにといいながら、本当は自分のエゴで行動していました。

そしてその高慢は劣等感の裏返し。

たくさんの人を傷つけてきました。

まだ謝っていません。



全てのはじまりである、母親に、昨日、心のからのお詫びを伝えました。

母には年に1回しか電話しません。

それはいろんな感情が渦巻くからです。

心穏やかに母の言葉を聞くことができました。

穏やかなふりをして話すことがどれだけ失礼なことか。

それは確実に母に伝わっていた。

惜しみない愛情を注いで育ててくれた母親に、

今までどれだけ高慢な気持をもっていたかと気がつきました。



この数ヶ月、沖ヨガ、身体の中心を知るクオレドナダンス、断食道場、チベット瞑想、断捨離、心身共に色んなアプローチをしております。

それに加え、気のおけない友達や尊敬する先輩達との会話からは、
何にも変えられない深い気づきがうながされています。


それらが絶妙に作用して、私の押し込めていた気持が解放されています。。。


そしてそれが日の目にさらされると、はっきりと見えてくるものがあります。。。





それは私のエゴでした。





本当に申しわけない気持で一杯です。
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by simplicity_circle | 2011-12-11 07:32 | 心の持ち方!

新シリーズ スタートです!

ご無沙汰しておりました。皆様お元気でいらっしゃいますか?
なんだか2011年に入って、私の個人的なエネルギーの流れが急激に変わっています。


断捨離をしました。
ホリデー中自然のエネルギーをたくさん頂いてきました。
お酒をやめました。
お肉もほとんど食べなくなりました。
チベット仏教瞑想教室に通い始めました。
自己啓発セミナーにでてきました。
友達と楽しいおしゃべりをたくさんしました。
モルダバイトもやってきました。

それで何が起こったと思います?


このブログで書いてきたことなのですが、わたし、人、とくに大勢の人がとても怖いのです。
一人や少人数だったら怖くないんですけどね。大勢だとだめなのです。
なので人前に出ることはきらいでした。

でもね、勇気を出して、表に出てみることにしました!
フェイスブックで実名顔入りで、デビューしちゃいました!

えっ、そんな、小さなこと?! という驚きの声が今聞こえました。。。

いいんです。こんな小さなデビューですが、
私には大きな一歩なのです。
なので、久しぶりにブログも模様替えをしてみました。

以下、フェイスブックからの自己紹介文です。ブログを書き続けたおかげで見えてきたものです。
書くことは、今のところ、私のスピリッチュアルジャーニーにおける、一番有効なツールです。

どうぞこれからもよろしくお願い致します。


家族の健康を考えるうちに、環境問題も考えるようになりました。

体にいいものは、環境にもいい。環境に悪いものは、体にも悪い
健康と環境は切っても切り離せない。

身体が弱れば、精神もまいる。精神がまいれば、身体も壊す。
身体の健康と精神の健康も切っても切り離せない関係にあることに気づき、
健康と環境と精神をあわせて考えるようになりました。

けれども健康や環境や精神によい方向へ進みたいと願う気持ちとは裏腹に、
その行動を阻害する社会の流れというものがあることにも気がつきました。

「環境と健康に関心、社会に対する問題意識、自己啓発・精神性の向上に関心が高く、実際の行動に移す人々」これは、LOHAS層を定義した言葉だそうです。Wikipediaより

LOHASとはLifestyles Of Health And Sustainability(健康と持続可能性を重視するライフスタイル)の略です。

自分の個人的な興味が、実はその他大勢の人と傾向が一致していて、
社会にそんなカテゴリーの層があるということに驚くともに、
励まされる気持ちになり、
それからは自分が何を求めているのか、内面探究の旅に出ました。

そして今、私は何を求めているのか、自分なりの答えを見つけました。

これから育ってゆく子供たちのために
これから生まれてくる子供たちのために
7世代先の子供たちのことを考えて、今を生きよ
(ネイティブアメリカンの言葉です)

私は世界中の子供たちに、次のたった三つのことが達成された世界を残したいのです。

環境保護—自然の摂理に沿った人間の営みが行われている社会
人権擁護—すべての人民とすべての国民の基本的人権が確率された社会
世界平和—いかなる理由においても戦争も紛争もおこらない分かち合いの社会


現代の人間の知性と理性が正しい方向へ向かえば、
科学技術もそれを可能にするだけのレベルに達していると信じています。

そんな世界を実現させる方法がたった一つあります。

わたしが変わることです。

こんな思いが世界中の、ひとりひとりの心に広がれば...
世界は本当に変わります。

現状を変えるのは、政府でもありません。国でもありません。国連でもありません。
わたしなのです。
ひとりひとりの意識なのです。

わたしはそう信じています。

そして、その思いの表現方法として、
「Gaia Network Australia」という団体を立ち上げました。
こちらWEBサイトです。
まだスタートしたばかりです。

こんな熱い思いに賛同してくださる方、どんどんお声をかけてくださいね !

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by simplicity_circle | 2011-03-11 12:30 | ACTION !

猛烈反省中



これ書きたくないな。。。2011年こんなスタートって情けないな。。。
でも先に進みたいので書きます。
っというより、これで変わらなければ、どうしようもないという気持ちに迫られているのです。



相変わらず、煩悩にとらわれたままのあたくし。



動物・環境・体・スピリッチュアルのために、ベジタリアンになる!
なんて言いだしたのは遠い昔3年前の事。
アルコールも、体にもスピリッチュアル的にもよくない。
しかも手湿疹を悪化させるから、量・回数を減らす!
特にワイン・ビールをやめなきゃ!なんてずっと(小声で)言っておりました。


けれども、結局、多少量を減らしたくらいで代りばえのない食生活をしておりました。
なんとも、煩悩から逃れられない意志の弱いわたしです。
食への執着を手放せないのですね〜。


そんなあたくし、今回、手湿疹と腰痛と感染症が同時にやってきて、ちょっと苦しみました。


まずホリデー中Karが「しょうこう熱」にかかり扁桃腺炎になってしまいました。
そしてJoy、Leeと私に感染してしまいました。
バクテリアによる感染なので、今回はしかたなく、4人で抗生物質を服用しています。


子供たち全員具合が悪くてぐずる中、不覚にも自分もうつってしまい、
同時に手湿疹は大悪化です。すると腰痛も始まるのです。
(私の腰痛は精神的なものです。でもこれは解決法を見つけたのです!それは後の機会に!!)




もう、弱り目に祟り目? 泣きっ面に蜂??




私ね、手湿疹が悪化してしまうと本当にダメなんです。ブルーになっちゃうんです。
今回は最悪。もう湿疹から黄色い汁がじゅくじゅく出てとまらない。
コットンのグローブに張り付いて、はがすとまた皮膚に傷がつく。
皮膚は膿みはじめるし、新しい皮膚は再生してこない。
それなのに、周りからどんどんプツプツ新しい湿疹がうきあがってくる。


もうこの湿疹は完全に体の「毒だし」


肝臓や腎臓で処理できなくなった毒素が皮膚に向かって出てきているという感覚。


猛烈に反省。。。


っというのは、理由がはっきりしているからです。


もうワインがだめなんです。


ワインアレルギーになってしまった可能性あり。
それか添加物へのアレルギー



ビールは1日〜2日後にすぐ手湿疹が悪化して、あかぎれのように皮膚が割れ始めるので、
もう飲むのをやめていました。


ワインもこの一年、ほとんどやめていたのです。
なのに今回のクリスマス、思わずワインを飲んでしまったんです。
(旦那さんの家、アルコールはいくらでも出てきます。カクテルがおいしかった〜〜〜。)

そうしたら3日たっても手に何も出てこないのです。
私、もう治ったんだ!ワイン、大丈夫!!鼻息ぷぅ〜〜!!(喜)
っと毎日おいしく頂いて参りました。

さてそんな楽しいホリデーも10日程過ぎると、指のプツプツが怪しい雲行きになってきまして、
あれよあれよという間に、私にとって過去最悪の悪化になってしまいました。


「君の体にはあわないよって前から言ってるでしょ」
「いいかげにしないから、これくらい痛い思いをして考え直しなさい!」

「お肉も量を減らすなんて言いながら、最近量が増えているでしょ!」
「動物性のタンパク質のとり過ぎは血を汚すって知ってるのに、まったく!!」
「だから湿疹も治らないし、免疫力が落ちて病気になるんですよ!!!」



とありがたい忠告を上の人から頂いた気分です。


もうこれだけ痛い思いをしたら、充分です。こりごりです。
心を入れ替えます。
っということで・・・


今年の抱負は

「断捨離」に引き続き「クリーンリビング」です。

ビールとワイン(もちろんスパークリングも!)きっぱりやめます。
できるだけ玄米菜食を食べて粗食でいきます。
できるだけ歩く。もしくは、エクササイズを始めます。
 



私ね、実は、ずいぶん前に、ベジタリアンになろうとする事はやめたのです。
主義でやろうとすると、本当は食べたいのに我慢するという事になって、
ものすごく食卓に私の赤いエネルギーが出てしまうのです。
だからそんなイライラしたエネルギーを出すくらいなら、無理はやめようと思ったのです。

そしてお肉を食べる事に嫌悪感を感じることもなく、ジャッジする事もなく、
ただ自然に食べたくなくなる。これが理想だと今の私は感じています。


しかしうちのトレバー君、毎晩!お肉を買って帰ってきて、
それはそれは香ばしいスパイスやらハーブとともに自分でお料理するのです。

でも、私、今回という今回は懲りました。

もうトレバー君の誘惑に負けません!!
(特に湿疹が治るまでは頑張りますよ真剣に!!あっやばい、意志の弱い私の声


もう一つ!トレバー君、毎晩家に着いて一番にする事は、
自分と私のアルコールを用意する事なんです。
頼むから私の分は用意しないで、っていうか飲むか聞いたりもしないで!
と強くお願いしました。

もうトレバー君の誘惑に負けません!!




湿疹を治して病気にならない体を作ります!!
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by simplicity_circle | 2011-01-15 00:00 | 我が家の最近

福はうちから 「蕪と玉葱」


私ね、つい最近まで本気で
「こんな平々凡々な私の人生にインナーチャイルドなんてない!」
と思っていたんです。笑っちゃいますよね〜^^

けれどものぶちゃまとのワークのおかげで
「自信がなく劣等感の強い小さい私」がでてきてしまったのです!!

でてきたそれは、まるで「おおきなかぶ」でした。

の「そこに確かにはえているわよ」
し「宅の庭は花畑ですのよ、ホホホホホ〜」
の「ほらそこにでっかい葉っぱが・・・」
し「またまた、のぶちゃまったら♪ 気のせいですってば!」
 「あっでも野菜を否定している訳ではないんですのよ〜」
の「あのね、しむちゃん花畑って信じたい気持ちはよくわかるんだけど・・・」
し「あらどうしましょう、さすがののぶちゃまも幻想をみていらっしゃる...」
 「私もできれば野菜ぐらいとれる庭だったらよかったのになんて思ってるんですのよ〜」
 「でも野菜がとれるような庭ではないみたいですの〜。ホホホホホ〜」

これが去年の8月のやり取りでした。

そして今年の3月についにその葉っぱが引き抜かれました。
それは本当に「かぶ」でした。お花ではなかったのです。。。
それも「うんとこしょ、どっこいしょ」の「おおきなかぶ」
幻想を見ていたのは、どうやら、本当に、私だったのです。

さて、花畑から収穫してしまった「おおきなかぶ」
煮るのか?焼くのか?はたまた 生でいただくのか?
どう料理したらいいのか、それ以来、考えあぐねている状態でした。

ただ、その「かぶ」が私の花畑のど真ん中に、どーんとすわっていた痕跡ははっきりしていて、
どの花壇にも余すところなく面していたという事実に驚き呆然とするばかりです。

そして先月の「福はうち」で、その「かぶ」は、実は、
「たまねぎ」だったと気がつくのです!
だって、この「かぶ」剥いても剥いても新しい顔が出てくるのです!!!

次から次へといろんな側面が出てきましてね、本当に目から鱗の連続なんです。
でもいくら私の内面をさらけ出すワーク「弱さの情報公開」と言っても相手があっての事です。
書くべきではない事が殆どですが、シェアできる範囲で書いていきます。


まず、発見した私のインナーチャイルド

「人の評価」に過剰に反応する私。
「お兄ちゃんみたいにできない私にがっかりした?」
「お母さんみたいに器用じゃなくてがっかりした?」

「嫌われる」ということにも、過剰反応する私。
「人に嫌な思いをさせないように、一生懸命自分を抑えているの」
「人の心を傷つけない様に、いつもいつも気を使ってるの」
「どうして私のことが嫌いなの?」

後ろに、お母さんに、好きでいて欲しくって、褒めてもらいたくって、認めてもらいたくって、聞き分けのいい優しい子でいたかった私が隠れていたのです。
それがわかった今、過剰反応が少し穏やかになってきています。

それでも、まだ根強く残っている、相手の反応を気にしすぎる癖
「人に対する恐れ」が手放せず、それを変容させるためのワークを続けていました



でもね、そんな私の独り言も、のぶちゃまにかかったらひとたまりもないんです。
「どうして人が恐いのかわからない」という私に、

過去生に何か原因があるなんて逃げちゃだめよ!
現世にある原因を見つめてしっかり対峙していこうね!
キーポイントはお兄ちゃんよ!
と今回の「福はうち」の前から予告されていました。

もうそう言われた時点で「えぇ〜〜やだ...」と、
何故だか後ずさりする私がいました。
実は兄とは、私が日本を出て以来対話というものがないのです。
そこにインナーチャイルドの鍵があるなんて、
いやだ。。。見たくない。。。
っと思いました。

そして「福はうち」当日、セッション中、のぶちゃんが忘れていてくれればいい..
という願いもむなしく、突然その話がはじまりました。

「そうは のぶちゃま もとい 問屋が 卸さない」なのです。。。


まず子供の頃私は3つ上の優しい兄を尊敬していて、大好きでした。
兄が自慢だった反面、私と違って頭のいい兄への強い劣等感も持っていました。

のぶちゃまに指摘してもらうまで気がつかなかったのですが、
私の、できない、下手だという自信のなさは、
子供の時の兄からの、罪のない言葉が心に刺さって、
今の私を作っていた面もあるようです。
それほど、当時の私にとって、兄の言葉は影響力があったのだと思います。

大人になってそれぞれの人生を歩みだすと、
私たちは全く別の道、やり方を選ぶようになっていきました。
交流も殆どなくなっていきました。
そんな中、兄と私の意見の違い、アプローチの違いだけは、家族を通して見えてきます。

なので今の私は「また兄に批判されるかな、拒絶されるかな」
そんなネガティブな思いだけが膨らんでいってしまったのです。
兄への劣等感から、他の誰よりも、兄の反応に過剰反応をしてしまうんですね〜。

それが「拒絶されたら...批判されたら...痛い...」という臆病な気持ち
「人が恐い」に繋がっていくのですね。。。
それは兄への劣等感の投影でした。


そしてここからが「福はうち」での驚きの展開なんです!!
ここが「かぶ」ではなく「たまねぎ」だと言う所以です。


そう、インナーチャイルドには
「傷つけられたという被害者という立場」と「傷つけたという加害者の立場」
が同時に存在して、どちらになる事もあるんだという事が見えてきたのです!


私は劣等感から、自分の方が上手に出来る事を必死で探します。
それが相手の立場から見れば、同じ結果を招く事もあるのです。

私が必死に取り組んだ事は人付き合い。
周りの人と仲良くなって、上手につきあう事で、
兄や親に認められたかった。兄に羨ましがってもらいたかった。
私だってできることがあるんだってわかってもらいたかった。


そんな小さな子供の心の叫びを理解したら、肩から力が抜けていくのを感じて、


心の奥底から母と兄に「ごめんね〜〜〜」という気持ちが込み上げてきました。


勝手に被害者意識でいっぱいになっていた私の加害者の側面を見せられて、
申しわけないという気持ちと同時に、
だからこそ、お互い学びのために今生で家族である事を選んでいるという、
深遠なる人生の仕組みを垣間みて、涙が溢れ出ました。。。


でね、この結果もすごいんですけど、ここまでの気づきを得るまでのプロセスもすごいんです!


のぶちゃまは、私の深層意識に隠していた思いを白状する前からすでに視ていて、
上手に誘導していくんです。のぶちゃまとやすこさんが巧みに話を持っていきます。

するとね、私自身は自覚すらしていなく当然頭の中に文章も作っていないのに、
言葉が勝手に口からボロっと黒い塊がこぼれるように出てきてしまったのです。

ベテラン警部 のぶちゃまとやすこさんの華麗なる連係プレイ!絶妙な誘導なんです。
この度はみぽさんのバックアップもありました。

「取調室で尋問を受けている容疑者が、おもわず自白した瞬間の気持ち」
というものを体験させて頂きましたよ。本当に!(笑)


「お前も大変だったんだよなぁ..これでも吸うか?」
「でもなぁ本当にそれだけか??」
「本当の事言って楽になりなよ、なぁ...」


加害者の私がボロっと出てきました。。。


もうそんな感じ!! 伝わりました???


ネガティブな思いをぶつけてくる人はそれだけ傷ついているんです。

傷つけられた私も、実は人を傷つけているのです。

人を恐がる必要は、ほんとうに、ないのかもしれません。。。



気づきの後には、さらに新たな気づきも続きます。
あの傲慢な私ともまた出会ってしまいました。

この間やっつけてしまったと思った、トレバー君相手に繰り広げていた、私の押しつけ

「私のやり方とこのペースが正しいのよ〜!」

この私がまた他で顔を出しているのを見つけたのです...
人それぞれにアプローチの仕方とそのペースがある。
それを尊重するべきで、押しつけは傲慢だと気がついたはずなのに...
本当に嫌になってしまいます...
でもトレバー君には3年かかった事が、1週間で気がつきました。
亀の歩でも少しずつ進歩しているかな。。。




あやまらなきゃね...
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by simplicity_circle | 2010-09-04 23:24 | 心の持ち方!

デジャーデン・ゆかりさん


あれから1年がたってしまいました

ここシドニーの時間では8月30日深夜0時15分の事でした。

その数ヶ月前に、あこがれのゆかりさんと繋がる事が出来て、
これから、生き方、哲学、知識、スキル、いろんな事を教えてもらおう!
っと、人生における心の師匠と出会えた喜びに舞い上がっていた私は、
一瞬のうちに奈落の底へ突き落とされました。
胸にぽっかり穴があきました。

それから1年がたったのです。

ゆかりさんが残してくれた思いを拾うように、
ネットでいろいろ検索しました。
いろんな方がたくさんの情報を発信してくださっていました。ありがたいことです。

そして改めて深く気づかされます。

ゆかりさんは、今の私が漠然と感じている世界、
ようやく気がつき行動に移そうとしている事などはすべて、
クリアに体系化して、実践して、それを多くの人に伝えていらっしゃったのです。

私の浅はかな思慮、浅い知識が少しずつ深まるごとに、
ゆかりさんの大きさ、深さを、痛切に感じるのです。

直接ご師事を頂ける事が叶わなかった事にもきっと意味があるのでしょう。

自分で見つけ出さなければいけなかったのかもしれません。


去年の自分が書いた思いを読み返すだけでも、更に気がつく事があります。

ゆかりさんの言葉を追っているうちに
「仮面を外す、素顔になる、弱さの情報公開」
といったものに強い重要性を感じ、それからは意識的に積極的に取り組むようになりました。

それは、ゆかりさんからの私へのメッセージだと感じたからです。

そして今年になって、もっとクリアに見えてきました。

こんな私も無意識のうえでは、それを知っていて、だからゆかりさんと同じく、
本当の自分を知る事の大切さ重要性を強く人々に伝えている、
のぶちゃまのセッションが大好きだったのです!!

↑の去年の日記の中でも紹介したページの中盤にある「共に生きる」というコラムの中で、
4回連続の講座「かけがえのない“いのち”共に生きる」というものが紹介されています。
その講座の3回目の講師がゆかりさんで、4回目はかっこちゃんこと山元加津子さんだったのです。

これまた大好きなみぽさんも、かっこちゃんの活動を積極的に応援されています
(私の英語力ではちょっと...なのですが...)

いつもの繰り返しになりますが、惹かれるものには、理由があるのですね。
根底に同じものが流れています。


自然醗酵食品の料理教室を開催されていたゆかりさん。
私に「発酵」というキーワードを残してくださいました。 

「自然農法」を追っているうちに「炭素循環農法」に出会いました。
炭素循環農法の鍵は「自然の摂理」「生態系の循環」「微生物と発酵」です。
ぐぐぐっと惹かれました。


「もっとそちらの方向へ行きなさい」と受け取れるメッセージを、
今回の「福はうち」で頂きました。
「福はうち」の報告はまた次回に。






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これは「弱さの情報公開」のひとつです。
昨年の4月、ゆかりさんと会えてお話をする事が出来て、
天にも舞い上がりそうな私がいます。




今日は、ゆかりさんとゆかりさんのご家族に思いを馳せ




合掌
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by simplicity_circle | 2010-08-30 00:00 | いろいろ思う事

福はうち「開花改新の章」再受講 ♪


もうここでは、「福はうち」とはどうだこうだと書きません!
とにかく説明は、すごい!というだけにしておきます。

今回のセッションは高校時代からの友達で日本に住んでいるS と どんぐりさんと私の3人で、
講師はのぶちゃま、やすこさん、みほさんという豪華なものでした。

「開花改新」とにかく「自分を知る」です。
まぁ、出てきました、出てきました、3人とも!
本当の自分をさらけ出すって、怖くて、痛い事です。
傷ついた自分がいればいるほど、それを隠す殻は厚く固く、
本当の自分を隠そうと頑張ってしまいます。傷には触れてて欲しくないですからね。

でも、これは例えですけど、ここに傷があったんだ!
だから、私はこんな風に身体を動かして痛い所をかばっていたんだ!
っと気がつくと、傷をかばう事よりも、直そうという前向きな心が芽生えます。
もしくは、傷をかばう身体の動きだけが癖となって、残っていたとしたら、
気がついてしまった時点で癒えてしまうのです。

一回この工程に気がついてしまうと、傷口探しが楽しくなってしまうのですね〜。

さらに、そんなあるがままの自分を潔く受け入れて、
それを誰からも隠す必要がなくなると、
ばれたらどうしようという恐れがなくなります。
その爽快感、開放感がたまりません!!

すると、今まで無意識でも胸を痛めていた事が、
たちまち全く別のものになってしまうのです!

自己顕示欲なんてものは、木っ端みじんです。
でももともといらないものですからね ♪


どんどん壊して行きましょう!


自分を守る鎧や自分を隠す仮面を外して、
本当の自分を見る事、
本当の自分を見せる事、
それがあるがままの自分を認める事。
自己浄化のただ一つの道で、世界平和へのただ一つの道だと信じております。


霊性を高めるとは、
まずは自分を知る。
その上で、日々どうやって周りの人々と接していくか。
すべてここにかかっていると思うのです。

人々と関わるためにこの三次元の世界にやってきているのです。
一人っきりで生まれて、一人っきりで育ってきた人はいません。
人間関係を否定してしまっては本末転倒です。

昔の人は、一生瞑想や修行をしながら深い悟りの道を開くという孤高の人生もあったでしょうが、
今は日々の生活の中で悟りを得られるという、そんなレベルまで人間の霊性は進化しているようです。

スピリッチュアル的な知識を詰め込む事や、瞑想する事、霊感を磨く事はあくまでも手段です。
最終目的ではないのです。


ここなんですよ。大事な所は。


だから自分のネガティブな思考パターンやネガティブな行動パターンを生み出している、
インナーチャイルド探しは自分を向上させるために、欠かせない方法なんです。鍵なのですね。


本当に私の中のネガティブ、際限なく出てきます。
それを一つ一つ見つめて変容させて、減らしていく事が生きている理由。


っということで、またまたたどり着いた、私の痛い所を、
いつもの通り、自分のために、こんな公共の場に公表しよう!

でもその前に、どうしてそんな事をするのか説明しようと思ったら、
思いのほか、熱い思いが出てきました。


っということで、長くなってしまったので、続きは次回に!!
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by simplicity_circle | 2010-08-29 07:41 | 心の持ち方!