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人生哲学・夫婦とは

お知らせ:2日の夜更新した後、3日の夜ところどころ書き直しました。いつものことですが、後で読み返すと、自分の表現の幼稚さを見つけて、どうしても書き直したくなってしまうのです。こんなわたくしの文章におつきあい頂ける方、本当にいつもありがとうございます。


夫婦の形にもいろいろあります。
はじめから愛のない結婚もあることでしょう。
完全に冷えきった夫婦の関係もあるでしょう。
愛はなくても情だけで繋がっている夫婦もあるでしょう。


どんな夫婦の関係も不平不満がなければ、それでいいのだと思うのです。


不平不満を言い続けるくらいなら、別れる。
別れられないのなら、不平不満を言い続けるべきではない。
という考えに、たどり着きました。
それが自分のため。相手のため。子供のため。


夫婦というのは、 親や子供のように血が繋がった関係ではありません。
他人です。血が遠いのです。


そして、血のつながった両親は、彼らの人生があって、自分より早くこの世を旅立ちます。
同じく、血のつながった子供も彼らの人生があって、自分よりずっと後にこの世を旅立ちます。


だとすると、自分がこの世の旅路をともに歩むのは、
他人であるパートナー・連れ合いなんですね。
血は遠くても、魂的には他の誰よりも自分に近い存在なのです。


パートナーとは、けして自分の幸せを約束してくれる存在ではありません。
言えることは、その時、魂の成長にとって最高・最善の相手だったということだけです。


その理由でお互いが引き寄せられ、
ちょうどつり合いがとれたので、
パートナーとなりえたのです。


だとしたら、スタートの理由はいろいろあるでしょうが、
やっぱりすべてが自分の選択の結果なのです。
できることなら、反目しあい、いばらの道を進むより、
尊敬しあい、尊重しあい、励ましあい、楽しい道を、手を取り前に進みたいものです。


その一番遠くて、近い存在を大切にすることが、
パートナーを持つ人生を選択したのなら、クリアするべき、大きな課題の一つ、
なのではないかと思うのです。




ここで、少しプライベートなことを書いてしまいます。

私の実家の両親はお見合いでの結婚ですが、父の退職と同時期に、別居が始まりました。
ちょうど私がオーストラリアに来た時期と重なります。

この10数年間、両親の関係をみながら、いろいろなことを学ばされました。
夫婦の難しさ。二人の背負っている課題。
怒り。抑圧。悲しみ。寂しさ。恨めしさ。あきらめ。責め。罪悪感。etc...
様々な苦しい思いが錯綜している二人をみていることは本当に辛いことでした。

でもね、これだけの苦い思いをそれぞれに経験した今、二人は友達になりつつあります。
一緒に住むことは無理ですけど、わかりあえることができるようになってきて、
楽しそうにふたりで電話でやり取りしているようです。
結婚生活をしていた頃よりいい関係を築きつつあります。

っというか、今まで、一方的に自分の考えを押し付けてばかりいた父が、
完全に聞き役に回って、母のご機嫌を取れるように変われたのです。
(父がんばりました。相手を尊重することを学びました!すごいです!!)

するとあれだけ頑くなになっていた母も、
私も悪かったのよ。と折れてくるのです。

魂的な見方で二人をみれば、片方だけが悪いのではなく、片方だけが正しいのでもないのです。
本当に学びのために、そんな完璧な状況が出来上がっていたと思うのです。

それをお互い、相手が悪い悪いと言っていると、何年たっても解決しないのですね。


そんなふたりの経緯をみてきて思うのです。


あなたの使う言葉次第で、
その相手はあなたを幸せにしてくれる存在にもなり、
あなたも相手を幸せにしてあげられる存在になる。





さて、私の両親のケースとは少し違うのですが...
すでに精神的な気づきもあり、相手を愛し、大切にしているつもりでも、
夫婦という関係には、落とし穴があるのだと考えさせられています。


心で、尊敬しあい、励ましあい進むことが大切だと理解しています。
そして自分の魂の成長を追い求めて、がむしゃらに走っています。
毎日ひとつひとつの問題をクリアしていくことに集中しています。


一生懸命になればなるほど、一番近い存在であるがゆえに、
安心感がある相手を、優先順位の最後にしてしまうのです。
言葉をかけることも後回し、いつしか表情を伺うことも忘れてしまうのかもしれません。


愛しているからこそ、わかりあえているという思いと、安心感が、
甘えの気持ちをおこさせて、
歩調を合わせることを忘れさせてしまうのかもしれません。


本当は一番遠くて、近い、運命共同体である存在だからこそ、
実は、何をおいても先に、心をかけてあげるべきではないかと思うのです。


敬う順位というのは、精神世界でもいろいろ言われています。


もしかして有名な人の言うことと違うかもしれません。
これは今現在の私のレベルで思う事です。
言葉でいうほど、簡単なことではないのですが。。。


まず、自分自身を認めて愛する。
そして、自分で選んだパートナーを認めて愛する。


そこがしっかりしていれば、家庭の基盤が安定するのではないかと思うのです。


そこがしっかりしていたら、自然にお互いの両親に感謝、
子供に愛情が溢れ出すのではないかと思うのです。


逆に二人の絆があやふやだと、お互いの両親に対する対応でぶつかったり、
子供にも愚痴を言ったり、八つ当たりをしたりして、
家族全体に軋轢が生じる気がするのです。




それと もうひとつ、思考パターン・行動パターンにも落とし穴があると思うのです。


愛しているからこその、押しつけ 。
これがあなたにとっていいのよという押しつけ。
相手をコントロールしようとしてしまうのです。
尊重することを忘れてしまうのです。


愛しているからこその、抑圧。
相手の意見に異議があっても、自分の中で押し殺して、気持ちを抑圧してしまうのです。
それは自分を傷つけることになってしまいます。


そして夫婦の間に問いかけられる問題はさらに難易度が上がっていきます。


はじめの頃の、二人だけの関係では、自分自身や相手自身のことに対する選択は、
それぞれの選択だからと、クールに尊重できます。

けれども夫婦とは一つのことを二人の決断で決めなければいけないことがどんどん増えていきます。
子供のこと、家族、生活、家のこと。
そして意見が違ってしまった場合、折り合いのつけ方が大切になってくると思うのです。


押しつけもいけません。我慢することもいけません。
今の私のレベルでの理解では、
相手を愛する気持ちで尊重できれば、自ずと良い答えが訪れるのではないかと、
希望的観測をこめて考えております。


これは私が本当に気をつけなければいけないことなのです。
このブログで落とし穴に落ちている私を書いてきました。
最近は片足入れた所で気がつくようになってきました。今の所ね! Touch wood!!



いつでも謙虚な気持ちでいたいものです。


こう考えると、夫婦という課題を選んだということは、究極、


お互いの歩調を合わせること。
お互いを尊重すること。
そして一緒に前に進むこと。



これだけが、唯一のクリアするべき課題なのかもしれません。


それには努力と優しさが必要不可欠


自分の人生の登場人物で、夫婦以上に歩調を合わせる必要があって、
尊重するべき問題が投げかけられる相手はいません。


そのかわり課題がクリアできると、喜びや楽しみを分かち合うことができ、
人生の難問を助け合って、解決していける、頼もしい存在になるのではないでしょうか。



そのためには・・・



いい言葉を掛け合い、言霊を使うこと。
目を見つめること。
抱きしめること。




そんなことが大事だな...っと、そんな風に思うのです。



これは日本人同士では抵抗があるかしら??その点、国際結婚は利点かもしれませんね。
(なんて、実はうちの旦那さん少し日本の男性のような所があります^^愛すべき恥ずかしがり屋さんなのです)




雅ランティエさんの「愛を「育てる」ということ」という日記がとっても印象的でした。



そしてその日記に貼付けてあった、野口嘉則 公式ブログの恋愛関係、夫婦関係、上司・部下関係をはぐくむ「行動法」とは? という日記で紹介されていた「7つの習慣」スティーヴン・R・コヴィー著より抜粋されたこの言葉に胸を打たれました。。



愛する気持ちを失ってしまった。


という男性に対する博士の言葉だそうです。


だったら、奥さんを愛すればいいんです。
そうした気持ちがないのだったら、
それは奥さんを愛するとてもよい理由になりますよ。


愛は動詞である!
愛という気持ちは、愛という行動の結果にすぎない。


だから奥さんを愛しなさい。
奥さんを愛する行動をしなさい。
奥さんに奉仕しなさい。
犠牲を払いなさい。
彼女の話を聴いてあげなさい。
感情を理解してあげなさい。
感謝を表しなさい。
奥さんを肯定しなさい。



遅すぎないですよ。


少しずつでも..


今日からでも言葉に出して、行動してみましょう!!!


そして、この言葉を、奥さんを旦那さんに入れ替えてもう一回!!


だから旦那さんを愛しなさい。
旦那さんを愛する行動をしなさい。
旦那さんに奉仕しなさい。
犠牲を払いなさい。
彼の話を聴いてあげなさい。
感情を理解してあげなさい。
感謝を表しなさい。
旦那さんを肯定しなさい。





ちなみに、うちの旦那さんの、自分を落ち着けるためのマントラ。
「Happy wife, Happy life. Happy wife, Happy life」
笑っちゃうんですけど、これ、雑貨店の母の日のためのセールのキャッチフレーズだったんです。
うまいですよね。売るためのキャッチフレーズが、意外に深くって、
私達二人の中で、ヒットしてしまったのです。そしてふたりでよくこのフレーズを使うのです。

でもWifeもあんまりわがままばっかり言っていたら、
愛想を尽かされてしまうので、WifeもHubbyにやさしくしなければね!

でも理想の妻にほど遠いわたしは...
う〜ん。。。彼のやることを監視しないように気をつけます。。。
こんなレベルなのです。。。




さて、長い長い、私のなんちゃって人生哲学シリーズ、
おつきあい頂けた方は本当にどうもありがとうございました。




次回からは何を書こうかな。。。
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by simplicity_circle | 2010-11-03 00:00 | スピリッチュアルに!

人生哲学・鏡の法則


今日はね、何だかんだと、わたしの言葉はこねくりまわしません。





どうぞこちら↓をお読みになってみてください。





人生どんな問題も解決する知恵 「鏡の法則」






私、泣きました...






どうしても許せない人がいる方。
どうしても自分を許せない方。


どうやったら手放せるか、


他の方の心の軌跡をたどることで、
つかめるかもしれません。




結局、すべてがここなのです。




自分なのです。




自分を見つめることがすべてなのです。




みんな伝えていることは同じなんですよね。。
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by simplicity_circle | 2010-11-02 08:58 | スピリッチュアルに!

人生哲学・言葉とは


言葉をかえよう!という気持ちをおこさせる、ひとりさん流説明です。


人生うまくいっていない人、仕事がうまくいっていない人は、
不平不満愚痴泣き言心配事そんなことばかり言っています。


「うちの旦那がね、こんなんでね、どうのこうの、やんなっちゃうのよ」
「別れちゃいな」
「子供のために我慢している」
「言いながら我慢しているのなら、別れちゃいな」


別れることよりも、愚痴を言っていることの方が悪いの。 
別れたって幸せになる人はいくらでもいるけれども、
その愚痴を聞かされながら、健康になる子どもや、幸せになる人はいないんだよ。


会社の上司でも何でもそうなの。


コドバには不思議な力がある。
幸せだな〜っていうと、
もう一回言わなきゃならない現象が必ず起きるという法則があるの。


泣き言、旦那の悪口を言うと、
また悪口を言わなきゃならないことが必ず起きるの。
そうするとまた言うの。そしてエンドレスで言わなきゃならないの。
いいながら自分の人生が悪くなってしまうんだよ。


天国行きの言葉を使っている人に不幸な人はいないの。


「会社がやんなっちゃうのよ」
「あんた言葉変えてみな」


類共の法則っていうものがあるんだよ
今のあなたに起きていることは、今のあなたに丁度いい。
っていうお釈迦様の法則がある。


地球があって、地球の周りを月が回っている。
月が向こうに行こうとしたの。
そうしたら地球の引力にひっぱられちゃったの。
あっちに行こうとするのと、落っこちようとする力のバランスが取れて、
ぐるぐる回っている。


旦那の悪口をいう人。
「俺が紹介したのではないでしょう」


あなたにぶすぶすぶすぶす言っている旦那もよくないけど、
見ず知らずのはじめて会った俺に、旦那の悪口をずーっと言っているというのは、
あんたね、釣り合いがとれてるんだよ。


「釣り合わざるは不仲の元」って、
釣り合っていなかったら、不仲になって、必ず切れていっちゃう。


会社の悪口をずっと言っている。
「じゃ、やめれば」
「いや、やめることはできないのです」
会社の悪口を言ってても、やめることのできないあんたにとって、
ピッタリの会社なんだよ。今のあんたに丁度いいの。
この世の中、今のあんたに丁度いいことしか起きないんだよ。


もし変えたかったら、言葉を変えな。


「課長がガミガミ怒鳴るんです」
課長はじぶんを押さえられないんだよね。
あんたはよそいって、課長の悪口を言うことが押さえられないんだよね。
だからぴったり釣り合ってるんだよ。


それよりもいう言葉を変えてごらん。現象が変わっちゃうから。




今回もまるっきり斉藤一人☆15分間☆ハッピーラッキー付属のCD「つやこ49」(47分)からの抜粋でした。



新・天国言葉


愛しています
ついてる 
うれしい
楽しい
感謝してます
しあわせ
ありがとう
ゆるします



ついてない不平不満愚痴泣き言悪口文句心配事許せないはやめます!




本当に、


『類友の法則』「類は友を呼ぶ」

『鏡の法則』「あなたが世界を映し出す鏡」
      「現実は心を映し出す鏡」
      「相手は自分を映す鏡」
      「子供は親の鏡」


なのですね、うーん痛いけど、考えさせられます。
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by simplicity_circle | 2010-11-01 08:19 | スピリッチュアルに!

人生哲学・病気とは


ひとりさん流・病気について。


これ実は書きたくないのです。なぜならば書きだしてしまった以上、
多少なりとも努力しなければいけなくなるから。
あ〜私の努力は3日坊主にすらならない...
っということで、全くできていないと告白した上で書いてしまいます。



病気になる人の原因


自分が許せないんだよ。
うちの親が許せないのです。誰々が許せないのです。
という人は最終的に自分が許せない。

幸せになりたかったら、自分を許すって言うの。

「私、親がどうしても許せないんです」
「親を許せない自分を許すって言うの」

ゆるすってゆるむっていう意味なの。 許すって言うと、体の硬直が緩むの。
硬直させておくと交感神経がもろに働いて、顆粒球やなんかが働きだすと、
自分の体を破壊していってしまうの。
今は免疫学でそういうのがわかってきた。


自分を許すと口に出して言えばいいの。たったこれだけ。


「ひとりさんからそうやって教わったのに、私は人を許せないのです」
「教わったのに許せない自分を許すって言いな」

人を許せないと体に硬直がおきる。
許せない状態って、だらっとして、許せませんという人は少ないでしょう。
たいがいそういう人はどっかに力が入ってるんだよ。


いつも頭が痛いんです。
目の上が頭が痛いとしたら、誰か目上の人で嫌ってる人がいるだろう。
そういう人がいると目から上に硬直が起きる。だから頭が痛くなるんだよ。だからそれよしな。

首が痛いんです。首は頭と胴をつなぐところです。
だから人間関係にトラブったり、腹を立てていると首が痛くなるよ。同級生でもいいんだよ。

目下の人に腹を立てていると、腰が痛くなる。子供のこととか。

怒っていてもぐっと押さえて何も言わないんです。
怒りをぐっと押さえているとどこに行くと思う?
腰にたまって痛くなる。

私は言っちゃってるんです。
言っちゃってると腰も痛くなった上に、人の恨みも買う。

手のここにふくれができた。これは何の因果でしょう。
手先で使っている人、部下の人に腹を立てている人がいるでしょう。


こういうことになってるんだね。たったそれだけ。


癌になる人に癌になる前にどういうことがありましたか?
と調べていくとみんな同じような経験がある。
原因があるから結果がある。


因果ってこわくないのよ。
お水を飲んだらおしっこが出たということと同じこと。
たったそれだけのことなの。


癌になる人は、頑張り過ぎか、頑固な人。
人生頑張りすぎちゃだめだよ。あまり頑固になってはダメだよ。


頑固をやめたら治るの。


胃が悪くなる。食べものに対する感謝が足りない。
人が傷つくようなことを平気でがっと言ってしまうと、知らなかったとしても、腸をやられてしまう。
それに頑固、頑張り過ぎが加わってしまうと、腸癌になってしまう可能性が圧倒的に高い。
肺癌は心配し過ぎ。心配事の強い人、責任感が強い人、そういう人は肺をやられてしまう。


人間なんて、神経、魂、肉体しかないの。
肉体の間違いは食べものの間違いだけなの。
あとは考え方の間違いなの。


私の場合何が悪いのでしょう?
そんなことはどうでもいいの。
それよりもこっち「天国言葉」を言おうよ。
そしてこっち「地獄言葉」をやめようよ。



「天国言葉・地獄言葉」は前エントリーで紹介しました。


病気になる人は「地獄言葉」を使ってるんだよ。



それとね、人間って食べ過ぎだからダメなんだよ。



体の中には顆粒球やなんかがあってね、癌細胞でも何でも食い殺してしまうようになってるの。


お腹が減っている時間がないといけないの。
3回も食べてはいけないの。
今の人は3回も食べる程働いていないの。


お腹を減らしていれば、その間に白血球だって、お腹が減っていれば、悪いものも全部食べちゃうの。
それを、お腹はすいていないけど、時間だから食べるけど、
野生の動物は腹が減ってから獲物探すんだよ。それからやっと捕まえるんだよ。


それがいやなら草食動物になっちゃいな。草食動物ならのべつぐしゃぐしゃ食ってたっていいよ。
でも肉食とかそういうことをするのだったとしたら、それはだめなんだよ。


だから朝食を抜けば、お腹がへる時間ができるから、
この時間にに悪いものでも何でもやっつけちゃうの。
癌細胞なんて一日300個くらい誰でもできるの。
みんなやっつけちゃっているんだよ。
だから腹一杯にしちゃダメだよ。


やまいだれに 品物の品 いろんな品を山ほど食べると癌になる。
字に書でてあるでしょ。


だから食べすぎちゃいけないんだよ。それをまず一つ気をつける。



それから人間は脚を使って何万年も生きてきたから、脚を使わなければダメなの。
いくら便利になっても、脚を使わなければ病気は治らないようになってるの。
1日続けて20分歩くの。


今の人は、食べ過ぎの上に、運動不足なの。どんな薬も効かないの。


人間って、お腹減らす時間があって、脚を使って運動して、
それで「ツイてるね〜、ありがたいね〜」って言ってれば、
それでいいんだよね〜。


世間でいわれる“がんばる“は、『頑固に意地を張る』という意味なんだけど、
そうやって神経を張りつめているから、人生がおかしくなちゃう...


天の神様は、


『晴れ晴れとした顔をしなさい。顔晴(がんば)れば、しあわせですよ』


と言っている。


だから、


精一杯 顔晴りましょう!!!






今回はまるっきり斉藤一人☆15分間☆ハッピーラッキー付属のCD「つやこ49」(47分)からの抜粋でした。



さて、CDからの抜粋をあともう一回。
私にとっての耳の痛い話は続きます。。。
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by simplicity_circle | 2010-11-01 07:55 | スピリッチュアルに!

人生哲学・ しあわせになるコツ2

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斎藤一人さんがこの絵にツイてる波動をたっぷり入れてくれているそうです。見るだけでも、お部屋に飾っておくだけでも、「ハッピーラッキーの波動」があなたになだれこむそうです ♪
(私はmacの壁紙にしてみました。なんかとてもいいですよ♪ )




「幸せになるには、言葉をかえる必要がある」と書きました。



それ以外に「幸せを呼び込む秘訣」があるのです。
今回はそれを紹介しましょう!



って、実は2007年にこのブログで、一度紹介させてもらっています。同じものです。



2010年の今、最初に読んでから4年経って、さらに理解が深まりました。
当時、本当だなぁと心から感嘆しても、まだ自分の言葉でしっかり人に伝える自信がなく一人ブログでつぶやいていました。(って、今もか。。。)



っということで、もう一度!



「しあわせになる『つやこの法則』」



第一に 顔のツヤ
    ツヤをだすことによって、人相を良くする。福相にする。
    福相の人に不幸な人はいない。貧相な人にしあわせない人はいない。



第二に 人のしあわせを願う
     「この人に、すべてのよきことが、なだれのごとく、起きます」   
    1日10人、100日間続けてみましょう!



第三に 光っていると、幸運を呼ぶ
    顔も髪も靴も磨いてツヤを。明るく綺麗な色の洋服。
    キラキラ光るアクセサリーを身につけて、人のためにおしゃれをする。



第四に 天国言葉を言う。天国言葉を使う人に不幸な人はいない。
    地獄言葉は言わない。地獄言葉を使う人にしあわせな人はいない。

    



人に喜ばれること、人のしあわせを願えるようになることが、
人間にとって一番のしあわせなんだ。
そういうしあわせは、際限がない。



心のなかで、もっと、もっと大きくなる。



だけど、そのためには、



まず、自分が最初にしあわせにならなきゃいけない。


斉藤一人☆15分間☆ハッピーラッキー 舛岡はなえ著からの抜粋です。


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「小さな奇跡」を起こす言葉。困ったときや、地獄言葉をつい言いそうになったとき、この言葉を言ってください。「困ったこと」がなくなります!





わたくし、言霊の力にかけてみます!!!





さて、ここまで書いてきて、あれっ?と思っている方も多いかと思います。。。

はい。わたくし、わかってはおりますが、
自分の見た目、ファッションにまったく、労力をかけておりません!
Joyがもう少し大きくなった所で、もう一度考えてみます。
だって、どうせ汚されちゃうし...時間がないのです。。。
っと、いいわけがましい simです。。。



それにしても斉藤一人☆15分間☆ハッピーラッキーという本と付属のCD「つやこ49」(47分)
15分程で読める薄っぺらい本なんですけど、まぁ深い深い。ものすごい本です。。



わたくし、この本しか読んだことがないのですが、
今頃、すっかり、斎藤一人さんのファンになっています。



っということで、次はひとりさん流、病気について。
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by simplicity_circle | 2010-10-31 00:00 | スピリッチュアルに!

人生哲学・ しあわせになるコツ1



「因果を受け入れたふりも、どうやら通じないらしい」と書きました。
「口先だけでの受け入れました!は上の人にはお見通し」と書きました。



と、そんなことを書きながら、紹介する裏技は・・・



やっぱりふりをすることなのです。



でも、少し違うところは・・・







「言霊パワー」を使うことです。







言葉には“言霊”というパワーがあるんだよ。
その言葉を言うと、もう一度、
そういう言葉を言いたくなることが起きるんだ。

思ってなくてもいいから、口にすればいいんだよ。
聖書にも、『はじめに言葉ありき』と書いてあるじゃないか。
思ってなくちゃ言えない、ということだったら、ナカナカ言えないよ。
斉藤一人☆15分間☆ハッピーラッキー 舛岡はなえ著 より


とにかく言葉を変えて、口に出すことだそうです。




言葉に出して、何度も言い続けることによって、
「うそつくな〜」と怒って居座っている自分の潜在意識ですら、
洗脳してしまうということでしょうか?




斎藤一人さんは、人を幸せにする言葉を天国言葉とよび、
逆に、人を不幸にする絶対言ってはいけない言葉を地獄言葉とよびます。




b0113192_2031522.jpgb0113192_20313624.jpg




















私は

しあわせだなぁ
うれしいなぁ
たのしいのよ〜
ついている!!
ありがたい。。
もういいですよ。。


っとこんな言葉をよく使います。



以前紹介させてもらった「ホ・オポノポノ」と同じ世界ですね。
アプローチの仕方に違いがあるだけで、どれも素敵です。
その時の好みで選んでいます。



さて次回は、斎藤一人さん流の「幸せになる法則」
絶対不幸になれない法則の、全体像を紹介させてもらいます。
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by simplicity_circle | 2010-10-30 00:00 | スピリッチュアルに!

人生哲学・人生とは5



「因果があらわれたことに罪悪感を感じる必要はない」と書きました。


二つ目の落とし穴があります。


実はこれが、私がいつもいつもはまってしまう落とし穴です。


また人生のフローチャートでの説明に戻りますが、


精神世界の学びと探究によって、当然、
「よりよい自分」を目指すことになります。
こうでありたい自分、理想的な心の持ち方という目標を設定します。


でもね、時には、本当は自分の目標に届いていなくて、
心は、受け入れられず、 まだ No なのに、
受け入れるべきという頭だけの考えで、
心の声を無視して、蓋を閉めて、


できました〜〜〜!受け入れています!
という振りをして、Yes に進んでしまうのです。


心に嘘をついているので、
その場合も、No を選択したときと同じように、
体にサインが表れて病気になったり、
上の人からの導きで、同じ問題が繰り返し目の前にあらわれてくるのだと思います。
口先だけの受け入れました!は上の人にはお見通しなんです。



どうやら心からの Yes でなければいけないようです。



ということは、受け入れない、と初めから No に進むことより、
振りをして Yes に進む方が、たちが悪いかもしれないですね^^
問題の原因を探すのが複雑になりますから。


「わたくしすべて受け入れておりますのよ。ホホホホホ」
なんて顕在意識の自分は信じきって言いますので、
「ではこれは何?原因になっている受け入れた振りをしている問題はどれかしら?」
と探す手間がかかります。
するとそこには必ず「うそつくな〜」と怒って居座っている潜在意識がいるのです。


私の、手湿疹と腰痛 完全にそうだな。。。
収束に向かってもまた再発する。



今ね、原因が自分の中で掴めてきているような気がするのです。
この件については、この、なんちゃって人生哲学が終わってから!




さて次回は、それじゃあ、受け入れなければいけないと、
頭でわかっていても、できない私のために、裏技を書いてみます。
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by simplicity_circle | 2010-10-29 09:10 | スピリッチュアルに!

人生哲学・人生とは4


受け入れることの大切さを理解して、受け入れることを始めました。
するとそこに、また落とし穴があるのです。

ここからが、カルマを理解することよりも、もっと大切です。


これはね、すぐ落とし穴に落ちてしまう自分への戒めのために書いています。


因果の存在を認めるようになりました。
その状態で、何か悪いことが起こると、
私はこんなことをしてしまった悪い人間だと、不必要に、
自分を責めたり、自分はダメだと、おとしめてしまったりする可能性があります。

また、理不尽なことで、怒ったり、泣いたり、抗議したり、様々な方法で、
状況を改善する必要のあることでも、そんな思考回路で、
いろんな気持ちを、無理に心の中に封じ込めて、
我慢してしまう危険性もあるのです。


それは天(自分という魂)の意図から外れてしまうことになります。


なぜならば、あなたはすでに許されているからです。


因果は罰ではないのです。


罪悪感にさいなまれる必要はまったくないのです。


生をいただいているということが、もうすでに許されているということなのです。


罪を償うチャンスを頂いているのですから。


生を頂いて、自分の蒔いた種、因果を体験し、
刈り取るチャンスを頂いているのです。


わたしたちはすべて祝福された存在なのです。


でも、こんな言い方をしていますが、
実は、許すも罪の償いという概念も天にはないのですね。
便宜上、理解しやすいように、わざとそんな言い方をしました。


天からの目線でみれば、起こる出来事に、
善し悪しのジャッジはありません。
それに対して、いい悪いのジャッジをするのは人間なのです。


だから、起こる出来事すべて、いい因果・悪い因果 (注:人間の目線でみた)を、
ただ受け入れて、味わうだけです。
それはただその状況に甘んじるということとは違うと思うのです。


人間に生まれること10万回なんて、斎藤一人さんも前述のCDでおしゃっています。


その長い長い魂の歴史で、どれだけの辛酸をなめ尽くしてきたことでしょうか。
どれだけの極悪非道を繰り返してきたことでしょうか。
そしてどれだけの愛を与え、受け取ってきたことでしょう。


この世の中を見渡せば、世界的にそんな魂の背負った状況が見えてくるのではないでしょうか。


誰もが善人で、誰もが悪人を体験しているのです。
そして誰もが、この世を離れて、本来の魂にかえれば、
善なる存在、愛そのもの、大いなる存在の一部なです。


究極の意味で人に善悪はないんですね。
表に出てきた事象だけでその人をジャッジすることは誰にもできないのです。本来は。


人は、罪を背負って、カルマを摘み取るために、 罰を受け取るために、
地球に送られている罪人ではないのです。


神、大いなるものをこの次元で体現するという使命をいただいた果てしない旅人なのです。
この地球が愛にあふれた因果で埋め尽くされる日が来るまで続くのでしょう。


だから、めでたく因果があらわれたら、
思い切り、パニックになったり、怒ったり、悲しんだりして、七転八倒して、
思う存分、その感情を体験して、沸き上がった感情を発散させて解放することも、
心と身体にとって、必要なことだと思うのです。


感情を抑圧することの精神や健康への弊害は、
多くの人が承知している事実だと思います。


でもその後はいつまでも、負の感情に縛られていては、
あらたな因果を生み出すことになるので、


ありがたい。これで終わった。ついている。という気持ちに入れ替えて、
前に進んでいこう。


ということなんだと解釈しています。







このシリーズまだ続けたいんですよね。。。


どうなるかしら。。。
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by simplicity_circle | 2010-10-28 19:55 | スピリッチュアルに!

人生哲学・人生とは3



「究極、人生は、何が起きても、Yes を選ぶこと。受け入れ、喜ぶこと」と書きました。


さて、なぜ、起こることを受け入れずに、拒否していると、
受け入れられるまで、同じ問題が目の前に繰り返し現れてくるのでしょうか?


今度は、実際「受け入れる」とはどういうことなのか、
別のアプローチで書きたいと思います。


この世には因果があります。原因があって結果がある。


人生で何か辛い経験があったとします。
過去世での因果があらわれているのに、
自分の作った因果を人のせいに、世間のせいにして、
怒りや憎しみを持ち続けていると、どんどん悪くなっていくのです。
実際、自分が悪くなければ、よくなるはずです。

その気持ちを医者に通ったり、薬でおさえようとして、
鬱病になったりどんどんおかしくなるのです。
薬で因果を消すことができるのですか?


出た因果はただありがたいと思えばいいのです。


起きた因果は出て消えるのです。
だから「出たから消えたんだ。よかったね」と思えばいいのです。


自分がおかしてきたことが、今消えるのだ。
ありがたいと思ったときに、自分の人相も相手の人相も変わり、
よかったね、ありがたいね、ということが始まるのです。
 
因果を解消するということは、
どっかでご祈祷してもらうことでも、つぼを買うことでもありません。


前世で自分の犯した罪によるものなのに、相手が悪いと言っていると、
そうじゃないそうじゃないというげんこつの雨がふるのです。
だからそれがエスカレートしてきてしまうのです。
問題はあなたに原因があるのです。


癌の人は頑張り屋か、頑固なんです。それをやめないかぎり、なおらない。
子供のぜんそくなんかは、親か祖父に、人を息もできないくらい怒鳴りつける人がいる。
そうすると、その人の出した因果が、子供か孫にまわってくる。
リュウマチは、人のことを恨んだり恨まれるとそういう結果が出てくる。


この世の中には原因があって、必ず結果がある。


ああそうなんだ、こういう因果があるんだとわかれば自分が救われ、
地獄で苦しんでいる自分のご先祖の一人が救われるのです。


自分もしあわせになり、周りもしあわせになり。先祖もしあわせになる。


嫌なことが起きたときにツイてると言う意味は、
嫌なことが起きた時点では、もうすでに因果が消えているのです。
だからよかったね。ツイているのです。


それをその事についていつまでもぶすぶす文句を言っていると、
せっかく消えたものを今世でまた大きくしてしまうのです。
それが因果づくりなのです。


それを 子供に渡してしまう人と、きれいに消していける人がいるのです。


よく旦那にこんなにひどいことをされたと文句を言っている人がいます。
それはあなたがしていたことなのです。
自分が何もしていないのに、起きる訳がない。
私は何もしていないと言っても、今世ではしていなくても、前世でしていたのです。


そういう気持ちで世の中を見ると、今まで解決できなかった問題がすべて解決できてくる。


どんどん出てきても、自分がやったことなんだ、
ありがたい。ついている。という気持ちで消しちゃうからいいのです。


何故こんな目に遭う、なんでだろう、自分は被害者で、あいつが悪い。
と加害者を責めてばかりいると、何も解決できずに、 
運勢を悪くし、体を悪くする。
それよりも人生を救い、先祖を救えるような生き方が一番いいですよね。


先祖もあなたに、しあわせになってもらいたい、しあわせに生きてもらいたい。
自分で出した因果をどんどん消すためにわたしたちは今世 来ているのです。
いい因果を作るために来ているのです。



これは、斉藤一人さんの伝説の講話『つやこ49』からの抜粋です。
斉藤一人☆15分間☆ハッピーラッキー 舛岡はなえ著 の付属のCDです。
興味を持った方は、こちらでその講話を聞くことができます。



「因果応報」「カルマの法則」のことです。重いですね。



因果は現世のものも、前世のものも。刈り取るまで、
現世、来世、子孫へと延々と続きます。



信じない人、反論のある人もいらっしゃると思います。
でもわたしは真実だと感じるのです。



前エントリーの「フローチャートにでてくる問題」という言葉を「因果」と置き換えてみると、
選択は「Yes」しかないのだ。という意味が、明確に見えてきませんか?



その問題は、自分が現世で、もしくは前世で、蒔いた「因果」という種だとしたら...

自分で刈り取るしかないのですね。

受け入れることが、刈り取ることになるのです。

刈り取らなければますます大きく育っていくだけです。

それを受け入れず、人のせいにしつづけていたら...

その悪い種はすくすく育ち、

また余計な種を蒔き散らすことになってしまいます。



私達は、


今後に残したい、いい種を植えるために、
過去に蒔いたものを収穫するために、


この世にやってきているのです。




だから、どんなことがあっても、Yesを選択することが、正解だと思うのです。



わたしのような未熟な人間では、
世界中にある大きな大きな困難を受け入れることはまだ難しいです。
それでもせめても宇宙という視点から、
地球という学校に、生徒としてやってきている一魂として、
とらえることで理解しようとつとめています。


 

次回は、受け入れることを受け入れた後の落とし穴について。。。
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by simplicity_circle | 2010-10-26 18:50 | スピリッチュアルに!

人生哲学・人生とは2


夫婦の関係について書くつもりでしたが、
その前に、もうちょっと前エントリーの「人生とは」で、続けることにしました ♪
※お昼にエントリーしてからかなり書き直しました。なかなかうまく表現できないのです。。。



人生とは、魂の成長を願い、
たくさんの感情を味わうためにこの世にやってきて、
目の前にある状況すべてを受け入れて、
今にフォーカスをして、
魂の成長に最高、最善の選択肢を選ぶこと。


とこんな風に書きました。今日はもうちょっと踏み込んで書いてみます。


まず、目の前にある状況は、すべて自分の選択の結果です。


選べないと思っていた宿命(年や両親や性別)も生まれる前に自分で選択しているからです。
ですので、すべてが自分の選択の結果なのです。


今、目の前の世界が喜びで満ちているのなら、
これは辛いことも、嬉しいことも経験したすべてを含めてという意味です。
だとしたら正しい選択をしてきたと言えるのではないかと思うのです。


その逆なら、どこかで間違った選択をしてきたということでしょう。
(生まれる前の選択はまちがいようがありませんので、この世での選択のことをいっています)
他人に原因を求めることは、自分をさらに苦しめることになります。


昨日フローチャートの選択に正解はないと書きましたが、
これは伝えたいことを、きちんと言い表せた文章ではなかったですね。


人生の道筋を決める選択に正解はないと思うのです。


けれども、人生での問題点にぶつかったときの質問はいつも同じで、


受け入れますか?


答えの選択肢もいつも一緒です。


受け入れる(Yes 喜びの道)に進む
受け入れない(No 困難の道)に進む



この質問に対する答えは、
受け入れる(Yes)に進むのが正解だと思うのです。
というか、一番、楽な、上の方のおすすめの道だと思うのです。


受け入れるための葛藤を正しく受けとめることによって、
立ち上がろうとする向上心が、迅速に深い魂の学びに繋がるのです。


もちろん選択の自由で、受け入れない(No 困難の道)を選び、
なぜ、こんなことが起きたのかと、自らを省みることをせずに、他に原因を求め、
怒り続け、嘆き続け、負の感情の中に、とどまっているという選択もあります。


ただその場合、フローチャートは「受け入れる Yes」という答えがでるまで、
延々と同じ問題が形を変えて、繰り返されることになるのです。



だから究極人生は、何が起きても、



受け入れ、喜びますか?    Yes
受け入れずに、苦しみますか? No



Yes を選ぶことなのかもしれません。



とてもとてもむずかしいことです。



あなたはこの考えを、極自然に受け入れることができますか?  Yes
それとも、受け入れられない。この考えに腹が立ちますか?    No




では、No と答えた方のために、もう少し話を続けてみようと思います。




それは次回に。。。
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by simplicity_circle | 2010-10-25 12:28 | 心の持ち方!