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お知らせ!


Echan Deravy(エハン・デラヴィ)さんって、ご存知ですか?

スコットランドの方です。もう30年以上日本で生活をされているのかな?
流暢でユーモラスな日本語で全国を講演しながら、活動されています。

意識研究家であって、 講演家・作家・世界探検家。という肩書きを持っていらっしゃいます。

人々が、本来持っているはずの意識世界とのつながりを思い出させるために...
人々の本来の霊性を、取り戻すために...
人々の目醒め(覚醒)を促すために...

人間の意識改革について、日本を拠点に、世界各国を歩き探究し続けて、 世界隅々から収集したニューパラダイムに関する情報を伝えていらっしゃる方なんです。


そのあなたの覚醒が、ほかの人々の覚醒に連鎖していきます。
自由意志に基づいて目覚めようとする人々は、
ほかの人たちを目覚めさせるようになります。
これは自然の法則です。
この輪を広げていくことが私のヴィジョンです。

Echan Deravy 意識のルネサンスから転載 


でね、このエハン・デラヴィさんが来年2月にシドニーへも来るのです!!

このシドニーにもついに!「意識のルネサンス」が上陸!!


エハン・デラビー氏 講演会&「地球巡礼者」上映会 

日時  2010年 2月7日(日) 10:00~13:00 / 14:00〜17:00

会場  PARRAMATTA RSL CLUB ・ AUDITORIUM
   (Cnr Macquarie and O’Connell Streets, Parramat T 02 9633 5177)
   RSLクラブの無料駐車場が、建物の目の前に有ります。パラマタ駅から徒歩7分。

料金  $50

予約  kynad@optusnet.com.au (Yuriya Diancin)  または  0425-271-047


午前 10:00〜13:00 は日本語でのセッション。
午後 14:00〜17:00 は英語でのセッションです。

でね、これを運営されているのは日本の方なのです。

すごいですね〜。この覚醒の波がシドニーの日本人から大きく広がっていく事を願って、微力ながら、ブログで紹介させていただきました。


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さて、ここからは、ちょっとばかり、「アセンション」と「2012」について、あたくぴの浅い認識を書いてみます。(またっ!?以前とほとんど変化はないと思うのですが...)


エハンさんも活動や著書の中で「アセンション」「2012に向けて必要な心構え」というアプローチを取っているようです。(私自身は著書を読んだ事はないのです。。)

この事について、のぶちゃまとわたしは「2012年、どう思う〜?」みたいな話になっておりました。

そしたらね、のぶちゃまに、チャネリングメッセージが降りてきたのですね。
いたく感動したのですが、詳細は、のぶちゃまが発表するまで伏せておきますね。


あたくぴは、

「アセンション」は信じています。

でもそれは、巷で言われているような、ハルマゲドン的な人類規模で起きる大災害、世界大戦、地球滅亡、フォトンベルト、惑星ニビル、宇宙線、太陽嵐、UFOが救済(ノアの箱船)etc... の恐怖だけを煽る情報といったものではないです。


「アセンション」とは、大きな「意識革命」が起こること!と思っています。

意識革命の内容はエハンさんのおっしゃる通り!
 
そして既にそれは始まっていると思っています!  



ここ数年を見てもわかるように、異常気象、災害、社会情勢の悪化、凶悪事件、政治経済の混乱、新種の病気 etc...

何かがはじまっていると感じていませんか?

ニュースを見ていると負の密度が濃くなっていると感じますよね、誰でも。

これから先も、さらに覚醒を促す出来事がいろんな形で起こるかもしれません。


自然=地球=宇宙=神 の意思のもとに。


でも、2012年12月22日までに何かが起こるという風に、世紀末論としては認識していません。

マイナスのエネルギーの発散が高まると同時に、
愛をベースにした、プラスのエネルギーも高まっていると確信しております。


人類が本来の霊性を取り戻しつつある。覚醒しつつある。っと、
エハンさんのような活動が広がっているという事実からも確信しております。



そして、わたしは、何が起きても、何が起きなくても、

何者でもない、自然の一部である人間を意識して生きていきたいのです。



すべてなるものの根源との繋がりを取り戻すために、

未来を恐れるのではなく、生きている事に、幸せを感じる事に、感謝して、

ただ今日を生きる。

過去でも未来でもない、今にフォーカスして生きるだけです。



目醒め、覚醒、悟り、見性といった、境地にいつになったら、たどり着くのかわかりませんが。

目覚めの前夜にいると思いたいです。



 
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by simplicity_circle | 2009-11-27 09:54 | スピリッチュアルに!

熱い(暑い?)思い

どうして自然農なのかという思いを熱く語っています。

この気持ち届いていますか?
暑すぎます? 
(初夏のシドニーは暑いです^^今日は36度)


もう一度、簡単に説明します。


〜ここまでの流れ〜

自然の摂理に反する農業をしちゃだめ!反すると...

植物に毒素がたまる。
植物に虫がつく、病気になりやすい。
植物がくさりやすい。

=イコール

環境、生態系を破壊する。
健康を阻害する。

だから「自然農法!!!」

でも「自然農法ってどうしたらいいの?」

「自然農法」を理解するには、「自然の摂理」を理解しなければ!

じゃあ一体、「自然の摂理」って何よ?

私の答えは「生と死 循環 変化 役割 調和 共生」

どうやら、キーポイントはすべての存在に、役割がある!ということ。


そんなことを模索している間に、「炭素循環農法」のHPにたどりつきました。

そこで、虫・菌・ミミズ・動物・雑草・天災の役割を見ていくうちに、

存在意義には、進化の順位があって、そこを理解した方が、腑に落ちやすい。

ということで、前回は進化の順位についてまとめてみました。



そしてここで、中間のまとめです。


人間は命をいただくことによって、生きていくことが、自然の意思。


自然が「生き物を生かしている」仕組みを活用し、
自然が「生き物を殺す」仕組みを発動させないということに留意すればよいわけです。


命の「組み立て」と「分解」。

即ち「生」と「死」の作用が行われる「場」を理解するということです。

 

人間は、命の組み立て屋、「生」の場にいればいいのです。
人間だって、お役目が終われば、死んで、分解屋のお世話になるのですからね。

これは、農業だけに限らない普遍的な答えだと思うのです。
人間の生き方、健康管理にも繋がると思うのです。


でね、こんな風に、自然界を見ると、地球ってまさに、巨大な生命体。

地球ガイア論なんですね。

私も常々、地球は生命体であって、私の存在はその細胞?のひとつ。と書いてきました。
炭素循環農法HPでの言葉を借りると...

ガイア理論[ジェームズ・ラヴロック] ガイア説:地球は生きているか?を参照:

地球は大気、水系、土壌、表層地殻にまたがる生命圏全体が、気温、海洋塩分濃度、大気ガス組成などを、自己制御している一つの巨大な生命システムである。
生物は環境に適応すると同時に、岩石、大気、海洋などの物理環境と相互作用をし環境制御に寄与している。(ガイア=ギリシア神話の大地の女神)




次回は、地球という生命体「ガイア理論」から迫ってみます。
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by simplicity_circle | 2009-11-20 14:04 | 自然に還ろう!

「進化の序列?」微生物から人間まで

「炭素循環農法」から勝手に、省略引用させてもらっています。少し、私の言葉も付け足してあります。ご了承ください。正確なソースはこちらです。

このHPの主はよく進化の上位・下位、頂点に立つヒト。上位の命、高度な生命という言い方をされます。

私には、ヒトは進化の頂点と断言できる知識がないので、この言い回しに、ちょっとドキドキしてしまうのですが、読み進めるうちに、なるほど、説得力があって、この考え方についても、ちょっとまとめさせてもらいます。

私は人間様えらい!とは思っていないです。
そして、この主もそうは言ってないと思うのです。命は人も虫も等価とおっしゃられています。



「命」

自然の摂理とは自然の意思。自然の意思とは宇宙の歴史。

最終目的は「命を生かす」です。

高度な命を、いきなり生かすことはできません。
そのため食連鎖により命を収斂し、最終目標の「人」を生かしているのです。
人は自然の意思そのものであり、自然の創り上げた最高傑作です。

故に、食べる場合を除き、生き物を殺すことは自然の意思に反します。
人は食べるために生き物を殺します。
それは食物連鎖の下位の「命」を食べ、進化の上位の「人」の命に作り直す行為です。
「食」のための「殺し」は、より高度な命を生かすための「自然の意思(仕組み)」です。

「自然の仕組み」は「生かすための仕組み」。

それに反した場合、不都合な現象が起きるのは当然です。
この宇宙は自然が、己自身を己のために表現するシステム、人は自然の自画像です。


「より高度な命」という言葉に反応を示してしまうのですが、
高度といのは進化の過程で、後で現れたものという意味なのです。


「微生物(かつての自分)」と「進化」

現在の地球環境を作った微生物群は、動植物のかつての自分の姿。
そして現在でも微生物は生命連鎖の下部構造(土台)を作り続け守っています。

微生物(食物連鎖の下位者)が生かした養分は植物(上位者)。
これが生物の進化、食物連鎖=生命連鎖の仕組みの一つです。

光合成を主軸にした生態系を「太陽を食べる」と呼び、
それに対し「地球を食べる」と言われている生態系は、地下生物圏(超好熱古細菌(始原菌)群)です。

生き物は「地球や太陽を食べて進化した」のです。

有機物がない溶岩台地に最初に繁殖する肉眼で観察可能な生物は、カビやキノコと同じ真菌類と藻類の共生生物である地衣類、次に苔。

やがて草や樹木などの多様な植物が現れ、進化(食物・生命連鎖)の歴史(連鎖サイクルの順序)を辿り、多様化した生態系ができ上がります。

先に現れたものは後から現れるものの食物です。

蛇足ですが、地下生物群に関して一つだけ確実に言えることがあります。それは地上の生き物が絶滅し1匹?もいなくなっても、地下生物群さえ生き残れば現在のような生態系を再構築できます。彼らが生物界の最底辺を支えている生き物達だからです。


「人は生きた物しか食べられない」

植物が土壌にある微生物と共生関係を保ちながら、一つの生き物のように振る舞っています。
しかし動物の場合、その肉体の成長維持には、植物と違い生きた(ていた)ものしか食物とする事はできません。

植物が無機・有機成分と光から、生命活動の結果、作り出したものしか食べられないのです。
たとえ肉でもキノコ、酵母等(菌類)でも元はといえば植物に依存しています。
植物が一旦、生かした物を更に高度な生き物に菌類や動物が変換します。

遺伝子レベルからすると、菌類の祖先は動物と同じ襟鞭毛虫類で、
ミカズキモが祖先の植物とは異なる起源ということです。

これら菌類以下を含む微生物、植物と三つ巴になり初めて生きられるのが動物ではないかと思います。

進化の結果、動物は「生きたもの」しか食べられないという枷の代償に、大地から独立し歩き回る能力を得ました。
動物は植物や菌類の延長線上に位置します。
そして、その頂点に立つ人は命のリレーの最終ランナーです。

第三章  彼はわたしに言われた、「人の子よ、あなたに与えられたものを食べなさい」。そこでわたしが口を開くと、彼はわたしにその巻物を食べさした。そして彼はわたしに言われた、「人の子よ、わたしがあなたに与えるこの巻物を食べ、これであなたの腹を満たしなさい」。わたしがそれを食べると、それはわたしの口に甘いこと蜜のようであった。(日本聖書協会1955年改訳 エゼキエル書2.8-3.3)

過度に精製加工したものは健康に良くないと言われています。
これは植物が生かしたもの(食物)を元の単なる物に変えてしまうからではないかと思われます。
人は単なる物を食べるようにはできていません。
人は巻物(DNAを持った生かされた物)しか食べられないのです。    


「家畜の役割」

家畜は人が直接食べられないものを食べられるように変換するのが役目。
気候風土に恵まれ、作物のできる地域では家畜はいらないのです。
日本で畜産が発展しなかったのはそのためでしょう。
直接食べられる物ができない地域以外では、無理な「有畜農業」を考えるより、
見えない家畜(微生物)をしっかり飼うことです。

家畜は作物の残りかすを処分するための規模で充分。
タンパク質は豆類からで充分。

そもそも穀菜食というのは気候風土に恵まれた地域でしかできない、贅沢な食事で決して粗食などではありません。
窒素(蛋白)量が多く、胃腸や身体に負荷の大きい畜産物の方が、むしろ粗末な食事と言えます。

高窒素は土(微生物、環境)だけでなく、全ての生き物にとって高負荷です。


通じました?また長過ぎたかな??

次回はちょっと中間まとめ
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by simplicity_circle | 2009-11-20 12:06 | 自然に還ろう!

天災の役割!?理由

「炭素循環農法」から勝手に、省略引用させてもらっています。少し、私の言葉も付け足してあります。ご了承ください。正確なソースはこちらです。

天災も人が自然を無視した結果です。

例えば雹ですが、たまたま降るわけではありません。雹害に合わないようにするには土地を裸にしないことです。つまり森林を農地にしないことです。しかし既に多くの森林を切り開き農地にしてしまいました。またそうしなければ食糧が不足してしまいます。

特に熱帯、亜熱帯地方では土地が裸になると太陽の直射で地表が非常に高温になり、地表の水分の蒸散と急激な上昇気流が発生し突風と降雹、集中豪雨が起こります。これが森林を農地化すると降雹、豪雨が増える原因で、大都市のヒートアイランド現象と同様な現象です。

このため雹は何処でも同じように降るわけではありません。地形や地表の状態によって雹が降る場所は大体決まっていて何時も同じ農場が雹害にあいます。雹害の殆どは天災ではなく人災というわけです。

比熱の大きい水が地表を覆っている水田地帯での雹害は滅多にありません。農地化しても地表を覆う物(水、作物、雑草、マルチ)があれば地表の温度変化を緩和でき雹害は防げるわけです。また土壌が団粒化し土壌中の気相が増えれば断熱効果が高まり同じ効果があります。これは霜害についても同じことが言えます。

たまたま、偶然、突然などという戯言は因果関係の究明を放棄した時の言い訳に過ぎません。少なくとも科学的に探求しようとした時、使う言葉ではありません。全ての事象には因と果があり、他の災害も同じことが言えます。自然の循環を無視した施肥・殺し農法、適地適作の無視、無理な品種改良、自然を無視した開発等、の結果が天災(人災)として現われます。

自然の意思(仕組み)と人の思いの不一致から起きる現象が天災です。もし、天災が幻でないと言うのなら「施肥・殺し農法」における、あらゆる障害も全て天災ということになってしまいます。農地を森林土壌化し、自然の仕組みに近づければ生産量を落とすことなく天災は減らせます。  


そう、天災とは人災。

「自然の意思(仕組み)」と「人の思い」の不一致 の結果なのです。


私は人間の「行動の結果」「存在のあり方」「心の持ち方」が原因だと思っています。

「因果応報」「因果の法則」です。

環境を破壊する事による、物理的なダメージの結果の因果応報には、異論がないと思います。

ただ「人間の心の持ち方」の天災への影響というような、精神世界、意識の世界からの、アプローチは、嫌いな方はスルーしてください。(私の理解です)

地球規模で波動をみたとして、波動の荒いところには、荒いエネルギーが引き寄せられます。
その波動に見合った事象が起こるという事です。

ひとりひとりの波動ではなく、集合的な波動の作用です。

大地も痛めつけられ、人々の心も荒廃した、マイナスのエネルギーが大きくふくらんだところには、それなりのエネルギーが引き寄せられるのです。

そのエネルギーが自然災害という形で現れるのが、地震、竜巻、津波、噴火...といったものです。

どんな場合に、どんな形で?という具体的な説明は、神様=自然にでも聞かなければわからないでしょうね。

この世界では、自然=宇宙の法則のもと、波動の共鳴、波動の干渉がおこるそうです。

宇宙からやってっくる、プラスのエネルギーを引き寄せて共鳴をおこすか、
プラスのエネルギーと共鳴できないマイナスのエネルギーで干渉をおこすか、

人の心の持ち方にかかっていると思うのです。



次は「進化の順位?」について!
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by simplicity_circle | 2009-11-19 12:43 | 自然に還ろう!

「雑草」の役割

今回は「雑草の役割」について!

「炭素循環農法」から勝手に、省略引用させてもらっています。少し、私の言葉も付け足してあります。ご了承ください。正確なソースはこちらです。


「雑草は土壌の分析医」

雑草は、微生物や虫と同じように養分や環境、生態系をコントロールするために、その土地の必要に応じたものが生えます。眼に見えない土壌の状態や環境を、眼に見える形で表しているのが虫や雑草。

雑草はさしずめ、土壌の分析医と言ったところ。

雑草はその土地に、より進化の上位の命を生かすために、過剰な物を取り除き、足りない物を加えます。
よもぎは 痩せ地でも肥沃地でも、清浄地なら生えます。

炭素や窒素が足りない痩せ地には、ススキ、チガヤ、ヨシ等のイネ科の雑草が好んで生えます。

イネ科の雑草の多くは、大気中から窒素を固定する、体内内生菌を持ち、痩せ地でも生育可能で、炭素固定能力も高く、土壌を肥沃化します。無施肥栽培では、特にイネ科の雑草や緑肥作物が適しているのはそのためです。

殺し農法(過去の農法;人の都合のもとに、防除すること)では確かに雑草が病虫害を助長しますが、
病虫害は生物界の免疫機能と考えられます。
雑草に寄生し何時でも働けるよう待機しているありがたい存在なのだと言えます。

雑草は森林と同じように地球環境をコントロールするのが役目。貴重な資源です。
小さな森林あるいは、でかい微生物と考えればよいでしょう(笑)。
邪魔者扱いして殺すことを考える前に、如何に生かし活用するか考えるべきです。

雑草は作物や表土を保護し虫の餌になるだけではありません。養分面でも重要な働きをしています。  


肥料を好む雑草は、土に残ってる余分な肥料成分を吸い取ってくれる。
乾燥に強く水を蓄える雑草は、畑に水分を蓄えてくれる。

それぞれの雑草の役割をきちんと果たせてやれば、草は自ら枯れていく。

必要だからそこにあるのであって、役割が終われば消えていく。それが自然の摂理。

    
福岡正信爺は言います。

「雨は下から降るもんだ」「下が緑になれば、そこに水蒸気がわいて、雲がわいて雨が降るんだ」


土を裸にしてはいけないのです。
雲が発生しなくなり、雨が降らなくなる、地熱も反射熱であがって、気候が変わって、砂漠化してしまうのです。

雑草があって、森林があって、地球は浄化されます。
「自然の浄水器」です。


まさにナウシカの世界なんですね。 「腐海」という森。

宮崎駿監督の世界観、自然へのあふれる思いが、知らず知らず魂に刻まれています。
宮崎監督は日本・世界の宝!



次は天災について

読まなくても言いたい事はわかった...という声が聞こえてきそうですが...





ー追記しましたー

自然農の一つの基本:「草を敵にしない」


排除して取り去ってしまうのではなく、取り込む。
種を蒔いた上に草を根元から切って倒すことにより;

1) 地面の乾燥を防ぐ/適度な湿度を保つ
2) 太陽光が直接当たらなくなったことにより、その場所に更なる草が生えて来るのを押さえる
3) 草はいずれ土に還り、腐葉土となり、肥料になる

この「草に対する考え方」は全ての基本となる。


自然農の農業実習@シャロムヒュッテ安曇野より転載させていただきました。 

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by simplicity_circle | 2009-11-18 21:46 | 自然に還ろう!

「ミミズ」と「 畑の動物」

今回は「ミミズくんの役割」と「害獣の理由」について考えてみようと思います。

「炭素循環農法」から勝手に、省略引用させてもらっています。少し、私の言葉も付け足してあります。ご了承ください。正確なソースはこちらです。



「ミミズ自慢は恥自慢」

森林にはミミズは僅かしかいません。落ち葉で覆われていても、炭素比が高く糸状菌が主に働き、腐敗していないからです。また、長期間キノコの廃菌床で地表を厚く覆っておいても、やはりミミズは増えません。ミミズにはある程度、腐敗した餌が必要で、種類により好む腐敗度が違うと言われています。有機物があっても、腐敗が全くなかったり、完全に腐敗していると、餌として適さずミミズはいません。

ミミズは腐敗し始めた有機物を食べ、それ以上の腐敗・汚染を防ぐ掃除屋。
虫や菌同様、腐敗度を表す指標。

土がフカフカというのは、未分解の有機物が土壌中に大量に残っているということであり、
更にミミズが沢山居れば腐敗が進んでいる証拠。
ミミズの好む生息環境は、腐敗しかかった有機物が、土壌中や地表に大量にある場合です。
ミミズがいれば、それを餌とするモグラが増え、
モグラの穴をネズミが利用し作物を荒らします。
また蛇なども増えます。



この炭素比、糸状菌というのが、炭素循環農法のポイントなんですが、
この農法については、私自身がまだきちんとつかめていなく、今の時点の理解で簡単に説明します。

慣行農業、堆肥を使った有機農業が施肥をする事によって、
土壌が栄養(窒素)過多になって、腐敗をおこし汚染が広がる一方、
植物へ栄養分を供給し、土壌を浄化する、肝心の微生物の必要とする、炭素が足りていない。
言い換えると、微生物が活性化しないから、窒素の分解処理が進まず、汚染を広げている。

植物と微生物の共生関係に注目して、炭素を適宜に供給する事によって、微生物(糸状菌など)を活性化させると、植物が健康に育ち、土壌が浄化されるという理論なのです。


この理論をもとに考えると...


ミミズとは、害虫や病原菌と同じで「掃除屋さん」。
浄化された土壌には必要のない存在。

その証拠に、ミミズがくれば、その後に、モグラ、ネズミ、蛇と、好ましくない連鎖ができあがってしまうのです。

自然の摂理に沿っていないという事です。

自然の摂理に沿っていないと、微生物、土壌生物、地上生物と次から次へと、たくさんの掃除屋さんが来てくれるのですね。

掃除屋さんに来て欲しくなかったら、汚さず、きれいにしておく事ですね!



それは 海に発生する、赤潮や青潮などのプランクトンの異常増殖とも同じ理屈。
(水中の窒素やリンなどの肥料分の濃度上昇が主な原因で発生します)

彼らも正常な水系には必要とされていません。彼らも海の掃除屋さん。



さて「害獣」について、モグラ、ネズミ、蛇は土を浄化することによって、被害が減るかもしれませんが、それ以外の動物はどうなんでしょうね。。。


前回紹介した木花咲耶姫(このはなさくやひめ)様からの神示にとても心を打たれます。


山(自然)を守る役目の彼らが、守るべき場所(住む場所)を失えば、里におりてくるしかありません。

自然を破壊する人間がいけないのです。

これは、いくら、土壌を浄化しても解決しません。
人間全体の意識改革がなければ。。。

過去に開発があった、これからその予定がある地域からは離れたところの方が、被害は受けにくいでしょうね。

広大な土地を持って、尚かつ、生態系、天然資源の保護のための国立公園が広範囲に存在している、オーストラリアはこの点、日本より優位にあるかもしれませんね。



そこで、また話は、ゆかりさんのお庭。以前も書きましたが、
蛇は来ないと言っていました。
きっと土壌が浄化されているからなんですね。

その土地は以前、バナナ農園だったそうで、土壌は大量の化学肥料と化学農薬によって、汚され、痛めつけられ、まずその土壌を回復させてあげることが、とても大変な仕事だったとおっしゃっておられました。

自然農法でいう「肥毒の除去」です。


作物も「1/3を野生の動物に」とおっしゃられるくらいですから、収穫のすべてを持っていかれるというような事はないのだと思います。
あれくらい、深い緑に囲まれたところに位置しているからでしょうかね。



本当に、ゆかりさんと直接お話しさせていただく事ができた。。。
この事が、私の夢へのかけがえのない最大のプレゼントでした。

神様ありがとうございました。


次は雑草について。
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by simplicity_circle | 2009-11-13 09:44 | 自然に還ろう!

「虫くん・菌くん」の役割

今回は人が「害虫・病原菌」と呼ぶ、彼らの役割について迫ってみようと思います。

「炭素循環農法」から勝手に、省略引用させてもらっています。少し、私の言葉も付け足してあります。ご了承ください。
正確なソースはこちらです。


彼らは弱ったものや、役目を終えた動植物を餌としています。
彼らは子孫に残してはいけない性質(DNA)を持ったものを、食べたり、枯らしたりして、処分してくれている、ありがたい存在でもあるのです。生物の解体屋なのです。


「人の食べ物」と「虫の餌」

つい、数十年前までは、農薬で守らなければならないような、軟弱野菜は先に虫や菌に食われてしまい人の口に容易に入ることはありませんでした。

ところが、農薬が普及し本来、虫の餌になるべき筈の物を人が横取りして食べるようになったのです。
冷蔵庫で長期保存すると水になる(バクテリアにより腐敗分解されドロドロに溶ける)のが虫の餌。
エネルギーを使い果たしミイラになる(枯れる)のが人の食物です。
そして、これが鮮度の良し悪しを決定づけています。


さて、何故、虫と人は同じ植物を必要としていないのでしょうか?
どうも、そもそもの身体の作りが違うようです。



健康な人の腸はやや酸性。
虫はアルカリ性と言われています。

これは腸内微生物が違うためで、

腸内が還元・発酵型(人)
酸化・腐敗型(虫)ということです。

虫がこの発酵型のものを食べると、腸、消化管が破壊されたり、消化不良を起こし死にます。
虫は腐敗するものを選んで食べるという事です。
 
虫と人は、同じ植物でも質の違うものが要求され、食べ物で虫と人は競合しません。共存可能なのです。

天然資材なら良いとか悪いとか、人が決めるのではなく、虫にお伺いを立ててから決めるべきです。

毒を盛らず、隔離せず「どうぞお召し上がり下さい」と差し出して「そんな不味いもの食えるか」と虫に突き返されて(笑)、初めて虫の餌ではない、人の食物だという証明がなされます。


余談ですが、

人の食物である、健康な野菜は光るのだそうです。

でも以前のカメラでは露出オーバーでちゃんと撮影できなかったそうです。

「 カメラを騙す!?写らないんです」←こちらに写真が掲載されています。


考えられることは偏光の違いではないかと思います。一般の葉と違い、乱反射率が相対的に低く、それが露出計の感光域内であるため、露出計は暗いと判断し絞りを開きすぎてしまうようです。詳細は分かりませんが、葉面組織の構造の差によるものと思われ、直射日光のような強い光では、葉面の反射率や透過率、偏光程度の差が大きくなるのでしょう。

興味深いことに、虫はヒトが感知できない偏光の違いを見分けられることです。不要な能力を持っているとは考え難く、虫は遠距離からでも容易に食べられる植物を見分け飛来してくるようです。また根から吸収した、腐敗物質や硝酸などの臭いや味でも識別・選択し、ウンカは緑の濃い水田(窒素が多く腐敗成分の吸収も大)に集まると言われます。知覚能力の鈍ったヒトは誤魔化せても、虫は誤魔化せないということです。


それが、デジカメに変えてから、きれいに写るようになったそうです。

「これが本物!光る野菜」←こちらに写真があります。


あ〜本物の食物を食べたいです。
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by simplicity_circle | 2009-11-12 10:29 | 自然に還ろう!

自然の摂理って何よ?

というところを、あくまで、いまの理解で書いてみたいと思います。

辞書によると「 自然界を支配している法則」です。

では自然界にある法則ってなんなんでしょうね?


全ての生あるものには死があります。
これ、必ずです。「生は死を生み、死は生を生む」です。

この法則は「循環」というしくみを生みだします。


わかり安い図を見つけました! JNK4情報ネットワーク教育活用研究協議会より転載
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地上には、植物を食べる昆虫、鳥、動物、人間という食物連鎖があり、
土壌でも、その排泄物や生を終えたものを食べる土壌生物、カビや菌やバクテリアといった微生物が、それら有機物を分解処理し、無機物へと変え、植物の養分となる食物連鎖が大きな環となって循環しています。


何一つとして無意味な存在などないのですね。

生物は循環の中で、進化の過程をゆっくりと進んでいます。

それは、地球の誕生以来、46億年間、絶え間なく繰り返されている事象。

万物は一つとして変化しないものはありません。
「万物は流転する」です。


地球上はもとより、この宇宙には大きな、大きな、流れがあって、
万物はその流れに沿って調和のもとに、共生存在すると感じます。

キーワードは 「生と死 循環 役割 変化 調和 共生」

この、生命の進化の全貌や、生態系の織りなす神秘的なしくみの全貌、またそれらの詳細は、現代の科学による人智のおよぶところではないのだろうと感じます。


またまた、 木花咲耶姫(このはなさくやひめ)様からの神示からの言葉を転載させてもらいます。



2009年10月28日

地球の欠け

地球上の人も動物も植物も小さな虫にも、万物全てに役割ありて助け合い循環するべく仕組まれん。
なれば、いかなる生命も必要なものなり。
なれど、人は山を崩し、森林の姿を変え、必要な存在を壊し循環乱さ                                       
山に生きる熊も猪も鹿も猿も、山にありて山を守る役割あり。その守るべき場所失えば迷いて人の暮らす場所に現れ、人に害を及ぼさん。その命奪いても解決得られぬ。
自然と共存為さねば、人は自らの居場所を奪うものなり。
熊も猪も、人から見れば害虫ですらも、人の助けとなるべく存在す。
山を崩し、川を固め、海を埋め立て、さなる動植物の生きる場所を奪うべからず。
自然壊し、動植物を絶滅せしめるは、地球に欠けを生むことなり。
さなれば循環滞りて、人も生きられぬと悟れよ。




さて、次はこの「役割」について迫ってみようと思います。
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by simplicity_circle | 2009-11-08 16:51 | 自然に還ろう!

「自然農」へのとびら

虫クンたちが、選ばれて神様に渡されたお仕事。。。。。

それはあのこたち、化学薬品、糞の肥料から出る有害毒素をキャッチしてこのやさいは、だめですよ~~っておしえてくれるためにいるのです。

彼らたちは、それらだけを たべて、死んで行きます。

だから虫がつく理由は、土です@@@



この言葉、以前、のぶちゃまから頂きました。
野菜につく虫食いについてのコメントです。

「腐る野菜、枯れる野菜」という、考え方を発見して「自然栽培」って何?気になる〜!

と考えていたので、その新しいものの見方に、


「ほぉぉ〜〜〜」


っと、いたく感心しまして、「自然農法・自然栽培」という新しいとびらを開いたのです。

のぶちゃま、ありがとうございます!(この時も背中を押していただいていたのです^^)




さて、さて、その後、福岡正信爺の「わら一本の革命」を読んで、

そうか、自然は完璧だったんだ!

その哲学に、たいそうな衝撃を受けました。



結論はわかった!! 

自然の摂理に従って、自然に還ればいいんだ!!!

耕す事も、肥料をやる事も、雑草を抜く必要もない森林、自然をお手本に!

虫がつくのも病気になるのも、そこには自然の法則がある。

自然の摂理に沿ってないからだ。自然と闘ってはいけない。

うまくいかないという事は、まちがってるよという自然からのメッセージ!



と目指す方向が、しっかり定まったのです。



でもね...



そこから、混乱、深〜い迷宮に入り込んでしまったのです。


そもそも、自然って何だろう? 
何を持って不自然というんだろう? 
その境目はどこ?


自然の摂理なんて、都合のいいように、ある程度コントロールできる、自由意思と知能と可能性を持つ、人間の存在自体が、だいたい不自然なのでは?


そんな、自然への反逆児にもなれる、不自然な、人間という生き物が、こういう形で存在するという事には、神の意図がある。


それは絶対だ。`


人間が自由意志を持った上で、自然の摂理に沿って、この地球上で暮らす事が人間の目指す、次へのステップに間違いない。


でも、現在の科学を駆使した、化学、農学、医学、栄養学、等々の学問は、物理性からしかとらえていないから片手落ちだ。このまま、それらの知識にだけ頼っていては、持続性が見えてこない。



だけどね...



ベランダの鉢植えを目の前に、



「これって、まず自然じゃないよね....どうしたらいいのよ???」

「土が悪いというのは、間違いない」

「でもね、土を買ってくるのも、自然の摂理に合ってるとは思えない」


「自然の摂理って...何?」途方に暮れていました。




それから、2年程たちましたが、すこし、おぼろげに、道が見えてきたような気がします。

とはいっても、まだ迷路の中にいて、迷ってる最中なんですけどね。



まず、自然の摂理って何よ?

というところから迫ってみたいと思います。
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by simplicity_circle | 2009-11-05 13:14 | 自然に還ろう!

腐る野菜、枯れる野菜

腐る野菜、枯れる野菜について、以前も、少し触れた事があります。


今回、もうちょっと突っ込んでみます。


野菜や果物って、日にちがたつと、カビたり、腐るのって、普通ですよね?
少なくとも私は ↑ の日記を書いてた頃まで、なんの疑問も持っていませんでした。


でもね、それって、おかしいんですね。


「野山の草木は腐らず枯れていくのはなぜだろう?」という疑問から...


「肥料を入れた野菜」と「肥料を入れない野菜」をビンに詰めて比べた実験があります。


どうなると思います?


b0113192_13384878.jpg


真ん中の有機肥料を使用したものはドロドロ。

「人参」の写真の場合
左側は、肥料も農薬も使用しない自然栽培
真ん中は、動物性肥料使用。有機栽培
右側は、植物性肥料使用。有機栽培



b0113192_13394224.jpg


左の無肥料米はふたを開けるとほのかに日本酒の香りがするそうです。
右の有機米はカビで青黒く腐敗しているので、ものすごい腐敗臭だそうです。

最終的には...

無肥料米はお酒→お酢→水。と発酵のプロセスを経て、水になります。
有機米はカビ→腐敗→水。と腐敗のプロセスを経て、水になります。

つまり、素材の条件に合わせて、別々の菌が、水にするために働いているのです。



「腐る」と「枯れる」の違いは、

「人間都合の肥料が育てた」野菜か

「土や自然界の仕組みで育った」野菜か

この違いにあるのです。



自然栽培野菜販売等を展開している ナチュラル・ハーモニーの『子供がすくすく育つには?身体のしくみの話』と HP「枯れる野菜と腐る野菜の見分け方」から拝借させてもらいました。



うちの買っている、慣行品の野菜はもちろん、オーガニックの野菜、果物、けっこう、すぐカビます。腐ります。

まっ、他に選択肢はないので、おいしくいただいていますけどね。




さて、硝酸態窒素が悪いのは、わかった。

でも、腐っては何がいけないのか?

腐る前に食べれば問題ないんじゃない??

そんな意見もあるかもしれません。



これについて、とっても、おもしろい、持論?を展開している方がいます。

基本的に、自然農法の方なんですが、そこから独自に「炭素循環農法」というものに発展させていて、私の尊敬してやまない、福岡正信爺の理論からは、少し脱線します。
自然農法の主流である、不耕起を、痛烈に批判しています。
しかも、遺伝子組み換え食品を否定していないです。

この方の理論に今の所100%賛同している訳ではないですし、
ド素人で畑すら持っていない、私には、判断のしようがありませんが、
その広く、深い、知識と経験をもとに展開する理論にかなり興味をおぼえます。



これから、しばらく、この「炭素循環農法」から、気になる情報を、自分のために、まとめてみようと思います。

なんていっても、このウェブページ、私には難しいんですぅ。。。
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by simplicity_circle | 2009-11-03 14:10 | 自然に還ろう!