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confession 3

私には慈悲と慈愛がまったく足りないのです。


「奉仕の精神がない」「無償の愛のキャパシティーが小さいのです」とか同じようなことを何度か書いています。。本当に進歩がないですね。。。1mmくらい大きくなった気がしますが(笑)まだまだまだまだ器の小さい私です。小さい人と比べたらちょっぴり大きいかもしれませんが、普通に大きい人と比べたら、猫の額みたいです。

私は奉仕は、自分が喜んで出来る事しかしないのです。みる人によってはその線引きが早いと思うかもしれません。器が小さいのです。でも心の中で嫌だなと思いながら逆の行動をすることはしたくないのです。でも逆にみる人によっては、わかりやすいかもしれません。裏表がないですから。私がいいよと言ったときは本当に心からいいよなんです。楽しんでいるんです。嫌々やって陰で文句を言うことはしたくないことなんです。

でもこの私のやり方は慈悲や慈愛が足りないと思います。

マザーテレサの言葉で、「飽くことなく与え続けて下さい。しかし、残り物を与えないで下さい。痛みを感じるまでに、自分が傷つくほどに与えつくして下さい。」というのを見つけました。

私は本当に慈悲と慈愛が足りません。

それでも少しずつでも、ここまでならできるという線引きがどんどん先になることを目指しています。


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私は「弱さの情報公開」として、わざわざ自分の欠点、痛い所を書き出して、仮面を外すことを心がけています。

仮面とはペルソナで、こうみられたい自分です。でも隠している本当の自分の思いとギャップの差が大きくなればなる程、シャドーが濃くなり、無意識層でモンスター化してしまうと考えています。(これについては最近書きました。「無意識に巣くうモンスターたち」

だから隠しておきたい、自分の秘密、弱さを告白してしまうことは、そのギャップの差をなくすことになって、人は逆に強くなれると思うのです。

それはプライドといういらない物が育たないようにするためとも言えます。

この世の中からプライドというものがなくなったら、どれほどこの地球が暮らしやすい場所になるでしょうか?といつも考えるのです。

国のメンツ、偉い人のプライドが意思決定にどれほど影響を与えているでしょうか?
(拝金主義の金の亡者よりは、プライドの方がまだましかもしれないですけどね。。。)

この競争原理の世の中で、私たち大人がもった、優越感=劣等感が、どれほどの子供の心を傷つけているのでしょうか?(斎藤一人さんの『地球が天国になる話』がとても勉強になりました。 無料音声CDダウンロード

わたしはこんな思いから、プライドを捨てるように努力しているのです。

プライドを持たないようにするために、弱いダメな自分を隠すための仮面を外して、素顔になって存在の原点に戻るようにしたいのです。



さて、次にある問題は、仮面を外して、自分の弱さをみせたものの、そこから本当の自分の向上を努力しなければいけないですね。。。


これがまた、亀のあゆみで。。。


まったくもって、情けない限りの私です。


一日一歩三日で三歩、三歩歩いて二歩下がる。。。


くらいだといいな。。。。
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by simplicity_circle | 2012-06-25 23:27 | 地上に楽園を!
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