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無意識に巣くうモンスターたち

「生きる力」の強い子を育てるからの続き 第二弾です。

今回は深層心理学をもとに説明していきます。

「生きる力」は「自己肯定感」に支えられている。ところが人間は、誰しもが生まれ落ちる事そのものが、自己否定感の要因になっている。心理学ではそれを「バーストラウマ」と呼んでいる。バーストラウマは、その後一生の間に経験する、多くの苦しみを生み出す根本的な要因だといわれており、あらゆる苦しみの源泉とみなすこともできる。

※「バーストラウマ」についての詳しい説明はこちらでは割愛させて頂いて、分かりやすく説明されているウェブページをリンクさせてもらいます。バーストラウマについて

バーストラウマを癒すためには、共感的な受容、それも「無条件の受容」が必要だ。

多くの人が「受容」と「放任」を取り違えている。放任というのは、自らが耐えられないような子どものひどい言動から目をそらし、見ないふりをすることだ。子どもは敏感だ。放任による無関心を感じると「僕(私)をちゃんと見て!」というメッセージを発するために、わざと悪さをすることもある。

では、人間性が向上すると自然に発露する、無条件の受容というレベルまで達していない人はどうすればいいか?

怒りを感じたら、あまり無理に押さえようとしないである程度は表出した方がいいと思う。無理矢理自分をコントロールして、怒りを抑圧することを続けると、それが無意識レベルでモンスター化してしまい、子供にかえってよくない影響を及ぼす。怒っている自分を客観的に意識する自分を持って、怒りを表出し、子供が傷つかないようにフォローし、たっぷり愛情を注ぐ。未熟であることをしっかり自覚し、自然な態度で子供に接するということだ。

子供に関する真理はひとつしかない。それは、愛され、自由であり、自分自身であることが許されるなら、誰しもが攻撃性が少なく、表裏のない、誠実さと思いやりの心にあふれた、善良で、平和で社交的な人間になることだ(ニイル)


ここまで『「生きる力」の強い子を育てる』より一部省略抜粋でしたが、ここからは天外さんの「無意識層に巣くうモンスターたち」の図を元に、少し私の言葉におきかえて説明していきます。

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仏教では、人間の基本的な苦しみを四つ(生苦(バーストラウマ)、老苦、病苦、死苦)、さらに四つ付け加えて(愛別離-好きな人と別れなければならない苦しみ、怨憎会-嫌な人と出会うという苦しみ、求不得-欲しいものが手に入らない苦しみ、五おん盛-性欲が盛んなための苦しみ)を挙げ、合わせて四苦八苦と呼んでいるそうです。

その中で本来は健全なはずの性欲がフロイトが指摘するようにトラブルの要因になったり、苦しみの源泉になったりするのは、強い社会的な抑圧の中で無意識レベルでモンスターに育ってしまうからだといいます。

無意識層に抑圧されモンスター化されたものには、ランクの発見したバーストラウマ、フロイトの説く性欲、そして死の恐怖がありますが、これらはいわば生命の衝動であり、生まれ落ちると誰しもが負っているものだといえるそうです。

それに対して生きていくプロセスの中で発生し、育ってしまうモンスターが二つあり、
トラウマ(精神的外傷)とシャドー(影)といわれるものだそうです。

トラウマはいじめ、無視、虐待、裏切りなど、多くの辛い体験がその辛さの限界を超え、受け入れることが困難になると、抑圧されて無意識レベルでモンスターと化したものだそうです。

また私たちは成長するにしたがって「こうあるべきだ」と自らを規定して「ペルソナ(仮面)」と呼ばれる表看板の自分を作り上げていき、その過程で「あってはならない」と自動的に抑圧された様々な衝動は、無意識レベルに蓄積されていきモンスターに育っていき、それがシャドーと呼ばれるモンスターになるのだそうです。

シャドーはペルソナの影なので、社会的に立派で強大なペルソナを形成している人、社会的に成功している人ほど、シャドーの闇も深くなるといいます。

シャドーはあってはならないと抑圧したものなので、必ず嫌悪感や不快感をともなっていて、その嫌悪感や不快感は実は自分のシャドーから出ていることは本人は認識できないため、その原因を自分の外側に求めて、つじつまを合わせようとする。これを「シャドーのプロジェクション(投影)」というのだそうです。

人間は、シャドーの中に抱え込んでいないものに出会っても、嫌悪感はわかない。誰かの言動に「嫌だな」と感じたら、それと同じものを自分の中にかかえている証拠なんですね。

「無条件の受容」というのは、ある程度シャドーが軽くなっていないと実行できない。

この五匹のモンスターは複雑に絡み合っていて、全体として一匹ともいえる。五匹全部まとめて「シャドー」と呼んでいる心理学者も多いといいます。

そしてその下にはユングが「神々の萌芽」とも呼ぶべき聖なる存在が眠っていることを発見した。それは心理学の守備範囲を超えてかなり宗教的な領域に踏み込んでいるそうです。

私たちが自分自身だと信じている、ペルソナ、自我、超自我などは、長年にわたって人の目を意識して作り上げてきたものですが、大自然と真摯に対峙すると、それらは存在意義を失って縮小する。それにともない、無意識レベルに巣くっていたモンスターたちもおとなしくなる。その結果、「もう一人の自分」「野生の自分」が目を覚まし「生きる力」が強化されるのです。

人間の「性悪説」にもとづく「与える」教育は、ペルソナや超自我をを強化し、モンスターたちが少々暴れても、それを統御することができ、社会的な道を踏み外さないようにするのが戦略で、従来の教育ではそれが成功と考えられてきた。

ところが、注意しなければならないのは、ペルソナが強化されると、それにともないシャドーの闇も深くなることなんですね。

「性善説」にもとづく「引き出す」教育は、無条件の受容とフロー体験により、無意識レベルのモンスターたちを大人しくさせるという戦略をとる。

するとその奥で眠っていた「もう一人の自分」が目を覚まし、元気に活躍を始める。こちらは人間の精神的な成長をともなっており、生きる力も創造性も豊かで、徳のある有能な人材が育つ。

心ある教育者のほとんどは、表現は違うものの、子どもたちの中に「神」を見出し、「性善説」にもとづく「引き出す」教育を提唱してきていると言えるようです。


以上『「生きる力」の強い子を育てる』より、紹介させてもらいましたが、未熟な母親としての私には耳の痛い、課題が突き付けられるとともに、魂の成長、霊性の進化を生きる目的と称している私には、とても勉強になりました。シャドーという概念を初めて知りました♪


最近自己を内観すると私が対峙していたものは、自分のシャドーだったんですね〜。シャドーは「鏡の法則」と同じだ。。「あなたが世界を映し出す鏡」「現実は心を映し出す鏡」「相手は自分を映す鏡」「子供は親の鏡」これも1年以上前に書いたな(笑)。。


またまたひとつクリアになった気がしています(笑)
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by simplicity_circle | 2012-01-29 00:00 | シェアしたい事
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