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日本の皆さんにエールを送ります!

日本は本当に人的、経済的に危機的状況になってきています。被災地は想像をはるかに上回る被害と、死者、そして、原発危機。。東京も震源地では無いものの、食料や日用品が買いだめや物流ルートの寸断、工場の崩壊等で、殆ど品物が無い状況です。。
今日から電力の圧倒的な不足により首都圏の電車も運休か、間引き運転。近日中に又大きい余震が来ると言われているし、食料は確保しないといけないとで、皆、暗澹とした気分ですごしてます。


こんな話を聞いて、日本の皆様がどれほどの状況に置かれているか間近に感じ胸が苦しくって、何も手助けできないことに、歯がゆい気持ちでいっぱいです。

でもだからこそ、一筋の光になればいいと、
今日はかなり踏み込んだ話で、エールを送らせてください。

これから、相当怪しい話をします。このブログをずっと読んでくださってくれた方には、いつもの話です。このような話になじみがなく、憤りを感じる方は読まれないようにおすすめ致します。

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私たち、精神世界に興味を持っている人はみんな、同じ見解を持っていると思います。

日本は必ず復興します。
そしてその姿が、世界中を導くのです。
あなた達は、世界を導くための、大きな使命を背負ってそこにいるのです。
だから日本という国で、そこに今生きていらっしゃる方は、その大きな使命を遂行できる、強い魂を持った、選ばれた方達なのです。


夢物語みたいな話ですが、本当なのです。

実は、精神世界では、2007年2008年頃にアメリカ発の経済破綻が起こり、世の中は混乱し、自然災害はどんどん加速し、2011年2012年にピークを迎え、混沌とする世の中がやって来ると、何年(いや何十年!)も前から言われていました。

悲しいことに、予言!?通り、世界は進んでしまいました。

日本の大震災。このシナリオはささやかれていたものの、
回避する可能性があることも言われていました。

人間の意識次第で、未来は変えられるというのが、精神世界での常識です。
ある程度の人々がそのことに気がつき、アクションをおこせば回避できる予定でした。

ですが現在、集合意識全体に影響するほどの数に達していなかったようです。人間の意識は潜在意識のさらに下の集合意識でみな繋がっています。

自然災害と人間の意識がどう関係あるの?と思われるかもしれません。

そこを理解するためには、人間も地球という大きな生命体の一部だということを、しっかり認識しなければいけません。

人間は、人間の身体に外部からやって来て勝手に住んでいるような寄生虫ではないのです。
人間は地球の一部、地球の細胞なのです。地球という生命体の構成組織として地球と共に生きているのです。

人間の身体が無数の細胞の集まりからできて私たちを生かしているのと同じように、地球も鉱物・生物・水・空気さまざまなものから構成された生命体なのです。

だから私たちのDNAには同じ命を生かすという、共通のコードが刻まれているのです。
この意識を持つと、意識が上昇します。

自分や家族だけよければという狭い意識から、地域が、国が、世界が、地球が、宇宙がと意識が拡大していくのです。

地球という生命体にも、当然人間と同じように、生体の恒常性の維持機構があります。自分の身体を蝕む存在があったら、自然治癒力が働きます。人間という細胞が、癌細胞のように命を脅かす存在になれば、地球が健康なうちに自浄作用が働くのが当然です。

人間の集合意識が上昇すれば、命の仕組みに反するようなことはしません。当然地球は自浄作用を働かせる必要はありません。

だから自然災害は人間の集合意識がもたらすもので、地球の自浄作用だと言うのです。



さて、精神世界の予言!?には続きがあります。
そのシナリオを聞きたいですか?もうすでに知っていますか?



そうです。冒頭の言葉に戻るのです。

日本は必ず復興します。
そしてその姿が、世界中を導くのです。
あなた達は、世界を導くための、大きな使命を背負ってそこにいるのです。
だから日本という国で、そこに今生きていらっしゃる方は、その大きな使命を遂行できる、強い魂を持った、選ばれた方達なのです。


これなのです。精神世界で言われていることは。

この激動の時期に、日本という特異な国が目覚めることによって、世界を導くと言われているのです。日本という国が太古の昔からDNAによって、脈々と受け継いで来たその精神が、それを可能にするというのです。逆に言ってみれば、その日本という国が目覚めなければ、世界は沈没するとまで言われているのです。

世界各国にも目覚めて、その方向に向かっている、すばらしい人たちはたくさんいます。けれども国民という単位で、それが可能なのが、日本だというのです。

私ね、日本人であることに誇りを持って、日本を愛していて、日本の精神性が大好きだと、ことあるごとに書いてきました。

とはいえ、昨今の日本のニュースを見ながら、それらの気高い崇高な精神は風前の灯なのではないかと、心配になる気持ちも正直あったのです。


でもね、この「東北地方太平洋沖地震」のあと、ネットに飛び交う情報に、
私、ずっと、涙がとまらないのです!!


ガンバレ日本!!!
こういった、情報が雪崩のようにネットからあふれてくるのです!

そこには、確かに、日本の人の清らかで気高い姿があるのです!!
日本人であることに、言葉であらわすことのできない程の、喜びと、誇りと、感謝の気持ちでいっぱいになります。


今の私は、まるで「風の谷のナウシカ」のババ様になった気分です。

「そのもの青き衣をまといて金色の野に降り立つべし...」
「古き言い伝えはまことであった...」


あれだけの大震災の中、他人を思いやり、冷静に、対処するそんな姿に、
あの言い伝えは本当だった。。。っと涙が出てしまうのです。


だから日本は何があっても立ち上がらなければならないのです。人類のために。
それが出来る人々が暮らす国なのです。
被災していない日本人は、どこにいても、日本の心を世界に発信していかなければならないのです。



これは安っぽい愛国心とは違います。惑星意識での愛国心です。


最後にこちらを紹介させてもらって終わりにします。


Sympathy for Japan, and Admiration(ニューヨークタイムズより抄訳)
日本への哀れみ、そして称賛


痛ましい地震のその後、我々は日本の人々と思いを共にしている。これは日本で記録された最悪の地震である。しかし、私が本紙の東京事務局長として日本に住んでいた1995年の阪神大震災(6千人の犠牲者を出し、30万人の人々が家を失った)において報道した経験を思い起こすと、私はこう付け足さなくてはならない。「今後数日、数週間の日本を見ていよう。私たちはきっと何かを学ぶだろう」。

日本の政府が特に地震をうまくコントロールしている、というのではない。政府は1995年の震災においては救助活動の管理を完全に誤り、他国から送られてきた薬や救助犬を取り上げて、その名を汚すこととなったのである。気も狂わんばかりの最初の数日間、人々はまだ瓦礫の下で生きていたのであるが、政府の無能によって不必要に死んだ人たちがいたのである。

しかし日本の人々自身の忍耐力、冷静さ、そして秩序は、実にみごとであった。日本でよく使われる言葉に「我慢」というものがある。英語にはぴたりと当てはまるような訳はないのだが、言うならば "toughing it out."(耐え抜く)と同じような意味である。そしてこれが神戸の人々が実際に行ったことであった。畏敬の念を抱くほどの、勇気と協調性、共通目的を持って。

日本の秩序と礼儀正しさに、私はしばしば感動していたが、神戸の震災後ほど、それに感動したことはない。神戸空港のほぼ全体が破壊され、街中の商店のガラスが割れていた。私は略奪や、救援物資をめぐる乱暴な押し合いへし合いなどの場面を街中探し回った。ようやく、2人組の男に強盗に入られたという店主に出会い満足したところで、いくぶん芝居がかったふうにこのように尋ねた。「同じ日本人が、自然災害を利用して犯罪に走るということについて、驚きはありますか?」店主は驚いたように「誰が日本人だと言ったのだ。外国人だったよ」と答えたのである。

日本にも貧しい人々はいる。しかし他の国々と比べると、極端に貧しい人々はほとんどいないし、非常に高い共通の目的意識を持っている。中流階級が非常に多く、実業界の成功者であっても、儲け過ぎていると思われることを伝統的に恥じる傾向がある。そのような共通目的意識は、日本社会の構造の一部であり、自然災害や危機の後では、特に顕著に表れるのである。

これについてはあまり良く言い過ぎてもいけない。日本の礼儀正しさの裏には、学校や職場におけるいじめや、不法行為によって利益を得るやくざ、政治家と実業家の癒着といった問題が存在する。しかし神戸の地震の直後、やくざまでもが被災者に食料などを配るためにカウンターを設置していたのは、衝撃的であった。そして日本の社会構造は決して壊れることはなかった。かすり傷ひとつ負わなかったのである。

日本人のこういった冷静さは、日本語の中に組み込まれているといえる。人々は「仕方がない」と言うのが常であり、他の人にかける言葉として最も多いのが「頑張ってください」―耐え抜け、強くなれ―という言葉である。そして自然災害は「運命」の一部と考えられている。16世紀の日本を訪れたイエズス会の者による、古い記述を読んだのを思い出す。地震が村を破壊したその数時間後には、農民たちは自分の家を建て直し始めたというのである。

忍耐強く、周りと協調して立ち直ろうとする精神は、日本人に深く根付いている。私はしばらく長男を日本の学校に通わせたことがあるが、幼い子供たちが真冬でさえ半ズボンで学校に行かされている光景を忘れることができない。気骨をつくるというのがその考えであったようだが、単に風邪をひかせるだけだと私は思っていた。しかしそれは「我慢」を徐々に教え込むためのまたひとつの努力だったのである。そして「我慢」こそが、日本が第二次世界大戦から立ち直り、バブル崩壊後の「失われた10年」を耐え抜くことを可能にしたのである。いやむしろ、日本人はもっと不平を言ったほうがいいのかもしれない。そうすればおそらく、政治家はもっと答えてくれるだろう。

自然との関係性については、もうひとつの要素が関連している可能性がある。アメリカ人は、自分たちを自然と対立した存在として考え、自然を飼いならそうとする。対照的に日本人は、人間は自然の一部であり、それに身をまかせるものと考える。そしてその自然は、たくさんの地震をもたらしてきた。1923 年の関東大震災は、10万人もの命を奪っている。日本語の「自然」という言葉は、たった100年と少し前にできた新しい言葉である。なぜなら、そのような概念をわざわざ表現する必要が、伝統的に無かったからである。神戸の震災の後の本紙エッセイに、私が同じようなことについて書き、日本の最も偉大な俳人、松尾芭蕉の句で締めくくっているものがある。

    憂き節や竹の子となる人の果て

日本の回復力と不屈の精神に、私は気高さや勇気を見出している。そしてまもなく世界は、それを目の当たりにするだろう。これはまた、綿密に編まれた日本の社会組織、その強さと回復力が、輝きを放つときでもある。私は日本の人々は必ず力を合わせてくれると信じている。その姿は、分裂と口論と私利私欲にまみれたアメリカの政治の現状とは対照的であると言っていい。私たちには、日本から学ぶことがある。私たちの思いは日本に向かっている。痛ましいこの地震に深い同情と、そしてまた、心からの称賛を表したい。
(訳:英語塾 田畑翔子)

烏丸学び舎公式ブログより拝借

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by simplicity_circle | 2011-03-14 20:52 | ACTION !
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