<< 人生哲学・人生とは4 人生哲学・人生とは2 >>

人生哲学・人生とは3



「究極、人生は、何が起きても、Yes を選ぶこと。受け入れ、喜ぶこと」と書きました。


さて、なぜ、起こることを受け入れずに、拒否していると、
受け入れられるまで、同じ問題が目の前に繰り返し現れてくるのでしょうか?


今度は、実際「受け入れる」とはどういうことなのか、
別のアプローチで書きたいと思います。


この世には因果があります。原因があって結果がある。


人生で何か辛い経験があったとします。
過去世での因果があらわれているのに、
自分の作った因果を人のせいに、世間のせいにして、
怒りや憎しみを持ち続けていると、どんどん悪くなっていくのです。
実際、自分が悪くなければ、よくなるはずです。

その気持ちを医者に通ったり、薬でおさえようとして、
鬱病になったりどんどんおかしくなるのです。
薬で因果を消すことができるのですか?


出た因果はただありがたいと思えばいいのです。


起きた因果は出て消えるのです。
だから「出たから消えたんだ。よかったね」と思えばいいのです。


自分がおかしてきたことが、今消えるのだ。
ありがたいと思ったときに、自分の人相も相手の人相も変わり、
よかったね、ありがたいね、ということが始まるのです。
 
因果を解消するということは、
どっかでご祈祷してもらうことでも、つぼを買うことでもありません。


前世で自分の犯した罪によるものなのに、相手が悪いと言っていると、
そうじゃないそうじゃないというげんこつの雨がふるのです。
だからそれがエスカレートしてきてしまうのです。
問題はあなたに原因があるのです。


癌の人は頑張り屋か、頑固なんです。それをやめないかぎり、なおらない。
子供のぜんそくなんかは、親か祖父に、人を息もできないくらい怒鳴りつける人がいる。
そうすると、その人の出した因果が、子供か孫にまわってくる。
リュウマチは、人のことを恨んだり恨まれるとそういう結果が出てくる。


この世の中には原因があって、必ず結果がある。


ああそうなんだ、こういう因果があるんだとわかれば自分が救われ、
地獄で苦しんでいる自分のご先祖の一人が救われるのです。


自分もしあわせになり、周りもしあわせになり。先祖もしあわせになる。


嫌なことが起きたときにツイてると言う意味は、
嫌なことが起きた時点では、もうすでに因果が消えているのです。
だからよかったね。ツイているのです。


それをその事についていつまでもぶすぶす文句を言っていると、
せっかく消えたものを今世でまた大きくしてしまうのです。
それが因果づくりなのです。


それを 子供に渡してしまう人と、きれいに消していける人がいるのです。


よく旦那にこんなにひどいことをされたと文句を言っている人がいます。
それはあなたがしていたことなのです。
自分が何もしていないのに、起きる訳がない。
私は何もしていないと言っても、今世ではしていなくても、前世でしていたのです。


そういう気持ちで世の中を見ると、今まで解決できなかった問題がすべて解決できてくる。


どんどん出てきても、自分がやったことなんだ、
ありがたい。ついている。という気持ちで消しちゃうからいいのです。


何故こんな目に遭う、なんでだろう、自分は被害者で、あいつが悪い。
と加害者を責めてばかりいると、何も解決できずに、 
運勢を悪くし、体を悪くする。
それよりも人生を救い、先祖を救えるような生き方が一番いいですよね。


先祖もあなたに、しあわせになってもらいたい、しあわせに生きてもらいたい。
自分で出した因果をどんどん消すためにわたしたちは今世 来ているのです。
いい因果を作るために来ているのです。



これは、斉藤一人さんの伝説の講話『つやこ49』からの抜粋です。
斉藤一人☆15分間☆ハッピーラッキー 舛岡はなえ著 の付属のCDです。
興味を持った方は、こちらでその講話を聞くことができます。



「因果応報」「カルマの法則」のことです。重いですね。



因果は現世のものも、前世のものも。刈り取るまで、
現世、来世、子孫へと延々と続きます。



信じない人、反論のある人もいらっしゃると思います。
でもわたしは真実だと感じるのです。



前エントリーの「フローチャートにでてくる問題」という言葉を「因果」と置き換えてみると、
選択は「Yes」しかないのだ。という意味が、明確に見えてきませんか?



その問題は、自分が現世で、もしくは前世で、蒔いた「因果」という種だとしたら...

自分で刈り取るしかないのですね。

受け入れることが、刈り取ることになるのです。

刈り取らなければますます大きく育っていくだけです。

それを受け入れず、人のせいにしつづけていたら...

その悪い種はすくすく育ち、

また余計な種を蒔き散らすことになってしまいます。



私達は、


今後に残したい、いい種を植えるために、
過去に蒔いたものを収穫するために、


この世にやってきているのです。




だから、どんなことがあっても、Yesを選択することが、正解だと思うのです。



わたしのような未熟な人間では、
世界中にある大きな大きな困難を受け入れることはまだ難しいです。
それでもせめても宇宙という視点から、
地球という学校に、生徒としてやってきている一魂として、
とらえることで理解しようとつとめています。


 

次回は、受け入れることを受け入れた後の落とし穴について。。。
[PR]
by simplicity_circle | 2010-10-26 18:50 | スピリッチュアルに!
<< 人生哲学・人生とは4 人生哲学・人生とは2 >>