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無の哲学 

ここは瀬戸内海を見おろす小高い丘の上のみかん山。山小屋が二つ三つある。

山小屋をめざして来る若者の中には、人生に絶望して、わらをもつかむ気持ちで来る者が多い。
私は彼等に何をしてやることもできない。長い間黙って働き、黙って去る若者に、わらじ銭すら与えられない心身の貧しさを嘆く老農だが、たった一つ彼等に与えることができるものがある。

一本のわらである。

「革命というものは、このわら一本からでもおこせる」



今ここで人生に落胆している人が、間違えてでもこの文章に目が止まったとしたら...

「わら一本の革命」故 福岡正信さんの本を読んでみてください。


以前も紹介させてもらいましたが...

福岡さんの「無」の哲学に宇宙があります。

そこに生きる意味、生きる指針を見い出すことができたら...
「農」に哲学を見い出すことができたら...


無であって生である自分を、WHOLE UNIVERSEを、感じることができるのではないかと...ちっぽけなちっぽけな存在の私は思うのです。


もともと人間は何者でもないのです。おごりを捨てることから始まります。


***人は自然を知りえない***

人間とは何か。人間は、地上で考えることのできる唯一の動物であると自負して来た。そして人間は自分自身を知り、自然を知り、自然を利用でき、知は力であると過信するようになった。

人間は自然科学の発達、物質文明の遠心的な拡大に向かって直進してきた。人間は自然から出発しながら、しだいに自然から離反していき、やがて自然の反逆児として人間独自の文明を築いてきた。

それが人間にもたらしたものは、人間疎外の空しい喜びであり、自然の乱開発による生活環境の破壊でしかなかった。

自然から孤立した人間の生活は空虚であり、生命と魂の発展の源泉は枯れ果てて、人間はただ寸刻の時間と空間を争うだけの、奇怪な文明の中で疲れやんでいくばかりである。

***科学者の幻想***

人知は不完全であっても、いつかは完全になり、使用方法を間違えなければ役立つものだという確信はゆるがないで、果てしなく空しい可能性に向かって挑戦していくだろう。

科学者の活躍はどこまでも釈迦の掌中での乱舞でしかない。

地上の生物、無生物を意のままに変え、新しい生命を創造したとしても、人知の所産、創造物は、どこまでも人知の領域を超えることができず、人知に出発した人為は、大自然の目から見れば、すべて徒労に終わるという運命を免れることはできない。

「無[Ⅲ]自然農法」より抜粋

私は西洋的な考えに基づく現代社会。学問や農業や医療や宗教、経済といったいろいろなものに違和感、憤りを感じていました。このブログに書いてきた通りです。

福岡さんの無の哲学にその答えを見つけました。

以下緑は「わら一本の革命」より抜粋

どこからこれが来たか。デカルトから来た。「我思う、故に我あり」
人間が、まず、ある。万物の霊長である人間、神の子である人間、最高の動物としてつくられた人間がまずここにある。それからすべてがスタートしている。人間が実在を証明している。

だからすべての自然も人間のために存在する。人間がそれを知ることもできれば、利用することもできる。それを活用することも、人間のためであれば差し支えない。人間のためにすべてを犠牲にしても差しつかえない、と言う観念にまで行く。


1596年-1650年没のデカルトのこの命題が近代の幕開けとなったといわれているそうです。

もともと、神は自己の外にあり、神と自己は別の存在とする宗教観の世界で生まれた、

自然と人間を切り離し、人間を自然より上と序列してしまった思想。

この西欧文明の思想によって発展してきた現代社会。


その先に永遠の持続性を見い出すことはできますか?




それに比べて...

東洋の思想では、人間は自然の一員にしかすぎない。
ここの石や花と人間とどこが違うのか。自然の眼からみたら、なんの区別もない。同列だと思うんです。


すべてに神を見る八百万の神、自己の中に無限大の世界があり、無限大の世界の中に自己がある。神、仏との一体感。日本、東洋ならではの世界観。

そこから生まれるのは調和と共生。持続可能性のある、あるがままの自然の姿を垣間見ます。

今、西欧文明のいきづまりが、西洋哲学の誤りに出発すると気づいた西欧人が、東洋の哲学に熱い視線を向けているのは深い意味がある...
東洋の哲学とは「無の哲学」であり、無為自然の哲理である。


以前紹介した西欧文明のやってくる前と後のラダックも西洋と東洋の違いを端的に現しています。

自然はすでに完璧である。

「何もしない」が出発点であり、結論であり、手段ともなる不耕起、無肥料、無農薬、無除草の四大原則の「自然農法」。

「自然農法」が全人類に求められるキーポイントだと思うのです。




ここまで目を通していただいた方。
ありがとうございました。。。
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by simplicity_circle | 2009-01-10 21:17 | 自然に還ろう!
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